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お茶会が終わると、奈那子は麻由美を部屋まで送ることになっている。
雪男からいわれているのだ。
雪男は、本当に麻由美を溺愛している。
麻由美が雪男を嫌がるのも当然、と思う時がよくある。
今日もお茶会が終わり、清司のことを見送ってから、麻由美のところまで行った。
いつもなら、そのまま麻由美の側に歩いて行けた。
が、今日は違った。
麻由美の姿を見て、奈那子の足は止まった。
お茶会の部屋から出てきた麻由美は、死人のような顔をしていた。
全く生気が感じられない。肌は青白く、目は空ろでどこを見ているかわからない。
白いドレスを着たガイコツに見えた。
奈那子は怖くなって、気付かれないように下を向いた。
しかし、麻由美は奈那子に気付いた。
「あら、奈那子さん」
焦点の合わない目で、奈那子をじっと見つめ、こちらに歩いて来た。
奈那子は仕方なく、麻由美の方を見た。
「お茶会が終わったのですね。では、お部屋までご案内します」
動揺を隠しながら、奈那子は丁寧にお辞儀をした。
部屋へ行くまでの間、麻由美は清司とした話などを、奈那子に聞かせていた。
失礼のないように気を付けながら、奈那子は聞き役をしていた。
しかし今日は何も話さない。
普段は並んで歩くのに、後ろから無言でついてくる。
奈那子も何も話さず、ただ歩いて行くだけだった。
落ち着け、と何度も自分にいい聞かせながら、奈那子は麻由美の部屋までやってきた。
「夕食の時にまた迎えに来ます」
そういって、奈那子がまたお辞儀をすると、麻由美は、死人の顔で奈那子に笑った。
「いつもありがとうございます」
そして、深々とお辞儀をした。
「では」
奈那子が後ろを向こうとした時、麻由美は初めて話しかけてきた。
「あの、お茶……」
「はい?」
「今日のお茶、すごくおいしかったです」
「お茶ですか」
奈那子は小さくいい、出来るかぎりの笑顔を作った。
「そうですね。私もあのお茶、すごく好きなんです」
「そうなんですか。……あの、次のお茶会も、あのお茶を淹れてくれませんか?」
「はい。わかりました」
そして、お辞儀をした。
麻由美も、部屋の中に入った。
「ああ……」
思わず、奈那子は声を出した。
本当にメイドの仕事は大変だ、と、また改めて感じた。
緊張で、気がおかしくなる。メイドなんてなるもんじゃないな、とよく思う。
そして…………
麻由美は、どうしてあんな姿をしていたのか。
お茶会に行く前は、いつもの優しくて穏やかな顔をしていた。
それなのに、お茶会が終わったら、死人のようになっているのだ。
変わらなかったのは声だけだった。
いったいお茶会で何があったのだろうか。
清司とケンカでもしたのだろうか。
しかし、二人がケンカをするなんてこと、あるんだろうか。
わけがわからない、と思った。
小さくため息をつき、壁にもたれた。
これから、あの死人のような少女の世話をしなくてはならないのか、と思うと、憂鬱な気持ちになった。
麻由美がおかしくなったのは、清司に何かいわれたからだろう、と奈那子は考えた。
清司は、麻由美を死人のようにさせる言葉を口にしたのだ。
そして麻由美は死んだようになってしまった。
何をいわれたのかは、奈那子はわからない。
でもたぶんそうだ、と奈那子は思った。
それとも…………
お茶が、麻由美をおかしくさせたのだろうか。
自分が用意したお茶だ。
よく考えてみると、麻由美が、飲んだお茶のことを話すのは今日が初めてだ。
しかしあのお茶は自分もよく飲んでいる。
だから大好きな麻由美にも飲んでもらおう、と思ったのだ。
お茶に何か薬のようなものは入っていないのはわかっているのだ。
どんなに考えても、答えは出てこなかった。
もやもやとした気持ちで奈那子はメイドの仕事を終え、自室に戻ってきた。
そしてベッドの中に潜り込むと、目を固く閉じた。
……しかし、いつまで経っても、睡魔がやってこない。
麻由美をおかしくさせたのは自分かもしれない。
自分のせいで、麻由美は死人になってしまった。
そう思ってしまうのだ。
もしそうだとしたら、雪男に何といわれるか。
恐怖と不安が奈那子の胸の中で大きくなっていった。
奈那子は無意識にベッドから出た。
どうしよう……。
奈那子の体から、冷や汗が噴出した。
奈那子は廊下に出た。
廊下に出て何をしようかということは考えていなかった。
だが、ふいに麻由美の部屋へ行こう、と頭の中に浮かんだ。
いまの麻由美はどんな姿をしているのか。
自分の目で確かめようと思ったのだ。
部屋に戻り、机の引き出しの中からペンライトを取り出した。
屋敷の中の戸締りをする時に使うものだ。
麻由美が、まだ死人の姿だったらどうしたらいいか。
自分は麻由美を人間に戻せるのだろうか。
奈那子は音を立てないように気を付けながら、暗い真夜中の廊下を歩いて行った。




