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帰って来ると、清司は、自分の部屋ではなく、栄一の部屋に行った。
誰かに、このことを聞いてほしかった。
この気持ちを、わかってほしかった。
ほんの少しは軽くなるんじゃないか、と思った。
そこで、栄一を選んだのだ。
栄一はいつも通り、勉強をしていた。
清司が入ってきたことにも気付かないようだった。
「……ねえ、栄一くん」
清司はゆっくりと話し出した。
「今日ね、麻由美ちゃんとケンカしちゃったんだ」
急に脱力して、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「僕が、パスタどうして作らなかったのって訊いたら、私は完璧な人間じゃないからとか、一人じゃ作れないものもあるとか変なこと、いいだして」
無視されているのをわかっていたが、清司は続けた。
「一人じゃ作れないものって、何だろう?栄一くん、何だと思う?」
もちろん栄一はダンマリだ。それでもいい。ただ、この悪夢のような話を吐き出したかった。
「お茶会も、これからは、麻由美ちゃんの気が向いた時だけだって」
清司は、はあ……、と後悔のため息をついた。
「麻由美ちゃんに、僕のことが嫌いなのか、結婚したくないのかって訊いても、何にも答えてくれないし」
すると、栄一が目だけ清司の方に向けた。
「……どうしよう……。何ていって、謝ればいいのかな……」
独り言のように呟いただけだった。突然、栄一が話し始めた。
「知るか。そんなこと、自分で考えろよ」
怒鳴るような口調だった。
清司は驚いた。
無視していると思っていたが、栄一はちゃんと清司の話を聞いていたのだ。
「あっ……。あの、栄一くん……」
清司は動揺しながら、栄一にいった。
「麻由美ちゃんとケンカしたこと、聞いてくれてたんだね」
清司は嬉しくなった。完全に嫌われているようではないと、ほっとした。
「でも、僕、一人で考えることなんてできないよ」
麻由美の話を思い出し、清司は栄一に助けてもらうことにした。
「どうすれば、麻由美ちゃんと仲直りできるのかな」
しかし栄一は答えてくれなかった。
「うるさい。邪魔すんな」
そういって、また教科書に目を向けた。
清司は、また落ち込んだが、急にあることに気が付いた。
麻由美は、お菓子や料理を作って、清司に食べさせてくれるのだ。
おしゃべりして、紅茶を飲んで、笑い合って…………………………………。
「……麻由美ちゃんは、僕にお菓子を作ってくれるんだ……。僕のために、作ってくれるんだ」
心の中にある、不安な気持ちが、少しずつ消えていく。
「そうだ。そうだよ。嫌いな人間に、お菓子や料理を作る人なんか、どこにもいないもんね。ということは、麻由美ちゃんは僕のこと、嫌いじゃないってことだよね」
無理矢理自分を安心させるように、くり返し、いい聞かせた。
「好きだっていうのが恥ずかしくて、何もいわなかったんだ。そうだ。そうだよね!」
そして、力強く立ち上がった。
清司はすっかり有頂天になり、栄一に自慢するように、声をかけた。
「結婚式には、ちゃんと栄一くんも呼ぶから、安心してね」
まだ何も決まっていないのに、清司は、もうすでに結婚式のことまで考えていた。
栄一は、手を振りながら、低い声でいった。
「俺はそんなものに出たくない」
「どうして?麻由美ちゃんのウェディングドレス、見たくないの?」
「俺は何も関係ないだろ」
「でも……」
いいかけて、清司は、はっとした。
いままで、全く気付かなかったことだった。
訊いてはいけないことだと、頭のどこかで誰かが警告をしていた。
しかし清司は無視をした。
清司は、緊張しながら、ゆっくりと栄一に訊いた。
「……もしかして、栄一くん……、麻由美ちゃんのこと、好きなの……?」
突然、栄一は、がたんっと勢いよく椅子から立ち上がった。
そして、清司の顔を思い切り睨み、清司の体にどんっと体当たりした。
細く痩せた体だったが、力は強かった。
清司は床にしりもちをついた。
何がなんだかわからず、とりあえず顔を上げた。
そして、何もいえなくなった。
栄一は、死人のような顔をしていた。
焦点の合わない目に、青白い肌。ガリガリに痩せた体で、骸骨のようだった。
清司の体から冷や汗が噴き出した。
……目の前に立っているのは、栄一ではなかった。
もっと恐ろしい…………………死神のようだった。
死神は、凍りついた声で、清司にいった。
「出て行け……」
さらに清司の背中を足で蹴り、ナイフを刺すように、いい切った。
「婚約者の話は、二度とするな」
清司は、逃げるように部屋から出た。冷や汗で、服がビショビショに濡れていた。
追いかけてくる気がして、清司はあわてて自室に入り、鍵を締めた。
いま見たものを、清司は思い出した。
あれは、栄一ではなかった。
死神のようだった。
栄一という名の、死神だった。
あのまま、あそこにいたら………………………………
……………………………殺されていたかもしれない……………………………
それ程、栄一は恐ろしい顔をしていた。
それから清司は、部屋から出るのが怖くなった。
廊下でまたあの死神に出会ったら………
そう思うと、体が震えて止まらなかった。
清司は、余計なことをした、と後悔した。
あんなことをいわなければ、死神は出てこなかったのだ。
すぐ隣にいる、死神。
清司は、栄一には麻由美の名前も出さないことにした。
次、同じようなことをいったら、殺されるかもしれないのだ。




