45
麻由美が作ったハンバーグは、いままで食べたことがないほど、おいしかった。
清司はぺろりと平らげ、いつものように尊敬の言葉をいった。
「どうしてこんなにおいしいものが作れるの!?」
麻由美は微笑みながら、清司に聞き返した。
「そんなにおいしい?」
「うん。お菓子も料理も上手いなんて、僕、すごく嬉しいよ」
「そう。私も嬉しいわ」
ふふふっと可愛らしく笑う麻由美を見て、清司もデレデレと笑ってしまった。
そして清司は、少し勇気を出していってみた。
「次はパスタ作ってくれない?」
麻由美は顔を傾げながら聞き返した。
「パスタ?」
「うん。パスタ好きなんだ。僕。作ってくれない?」
身を乗り出すようにして、清司は頼んだ。
「……パスタ……」
麻由美は少し不安そうな顔をした。
「え……?」
清司はどきりとした。もしかして、麻由美に悪いことをしたのでは、と思い、緊張した。
麻由美は小さく答えた。
「……私、パスタ作れるかしら」
「どういうこと?」
清司が訊くと、麻由美は即答した。
「お母様に教えられていないから」
「そうなの?」
麻由美にだったら、パスタなんて簡単に作れそうな気がした。
洋菓子も和菓子もハンバーグも上手く作れるのに、どうしてパスタは無理なのだろうか。
「麻由美ちゃんだったら、パスタなんてすぐ作れると思うんだけどな」
そういうと、麻由美は困ったような顔をした。
「私にだって、作れないものもあるわ」
そして、何かを思い出すような顔をした。
「一人きりで作れないものだってあるわ。私一人きりでは」
また麻由美が不思議な目になった。話し方が麻由美ではなく、違う人間のように聞こえた。
「そんなことないよ。麻由美ちゃんは、何でも一人でできるよ。何でも作れるよ」
清司の言葉に、麻由美は頭を左右に振った。
「……私は、一人じゃ何もできない。誰かが一緒にいてくれなきゃ、何もできないし、何も作れない」
麻由美の言葉を聞いて、清司は嬉しくなった。
麻由美ちゃんは僕とずっと一緒にいたいと思っているのだ。
清司さんがいなきゃ、私は何もできないし、何も作れないのよ………。
きっと麻由美はそう思っているのだ。
僕が、麻由美ちゃんを護る人間なんだ…………。
また優越感が心の中に沸いてきた。
麻由美はもう一度頭を振ると、「パスタ、がんばってみる」と笑いながらいった。
「そうだ。麻由美ちゃんのお母さんって、名前何ていうの?」
清司は話題を変え、話し始めた。
「……名前?」
「そう。何ていうのかなあと思って」
顔を覗き込むように麻由美を見ながら、いった。急に訊いてみたくなった。
麻由美は黙っていたが、しばらくすると小さく呟いた。
「もう忘れちゃった」
清司は麻由美の顔を見つめながらいった。
「そうかあ」
麻由美はじっとどこかを見ていたが、思い出したように目を大きくした。
「……だけど、お母様が私のこと、愛子って呼んでたってことは聞いたことあるわ」
「愛子?」
「そう。愛情の愛に、子どもの子で愛子」
「へええ」
清司は少し目を大きくした。
「お母様は私の名前を『愛子』にしたかったらしいのよ。子どもは愛の結晶っていってたみたい。結局麻由美になっちゃったけど、お母様はどうしても愛子って呼びたかったんだって」
そして小さくため息をついた。寂しい顔をした。
清司は俯いている麻由美に、優しく声をかけた。
「そんな寂しい顔しないでよ」
麻由美は少し顔を上げた。うん、と笑った。
清司はソファの背もたれに体をうずめて、麻由美の顔を見た。
「僕は麻由美って名前になってよかったと思うよ」
「よかった?」
麻由美がいうと、清司はふっと笑いながら、いった。
「愛子なんて地味だし古臭くて、麻由美ちゃんには似合わないよ」
すると麻由美から笑顔が消えた。そして冷たいナイフのような口調でいい返した。
「そうかしら」
「うん。僕は、麻由美ちゃんが愛子なんて名前だったら嫌だなあ」
それに、と清司は加えた。
「子どもは愛の結晶とか、恥ずかしくないのかなあ。あんまりそういうこと考えないよね。ずいぶんとロマンチックな性格だったんだねえ」
麻由美の体が小刻みに震えていることに気付かず、清司は思ったことをそのままいった。
「麻由美ちゃんってすごくいい名前だと思う。愛子はよくないよ。麻由美ちゃんになってよかったんだよ」
清司はくり返しいった。
「麻由美ちゃんのお母さんはネーミングセンスゼロだねえ」
馬鹿にするようにいい、清司はトドメを刺した。
「前にもいったけどさ、もうお母さんのことなんか忘れちゃいなよ。愛子って名前もさあ」
麻由美が勢いよくソファから立ち上がった。
そしてくるりと後ろを向き、ドアから出て行った。
清司は驚いて、麻由美と同じように立ち上がった。
しかし追いかける気はなかった。
何か悪いことをいったのか、と清司は、自分がいまいった言葉を思い返した。
だが何も悪いことをいっていない。
当たり前のことをいっただけだ。
なぜ麻由美が出て行ってしまったのか、全くわからなかった。
しばらくすると、麻由美はもとの美しい女性に戻っていた。
「失礼なことをしてごめんなさい。いきなり出て行って、驚いたでしょう」
清司は首を横に振り、笑った。
「そんなこと関係ないよ。麻由美ちゃんが失礼なことをしても、全然気にしないよ」
「それならよかった」
麻由美はソファに座りながら、清司に微笑んだ。
「僕も麻由美ちゃんに失礼なことしないように、気を付けなくちゃ」
目を閉じながら、清司は誓うように胸に手を当てた。
「麻由美ちゃんのこと悲しませないようにしないとね」
清司の言葉を聞きながら、麻由美はいつものように作り笑いをしていた。
清司に向ける笑顔は、全て作り笑いだ。
麻由美人形の笑顔だ。
死人の鳥居麻由美の笑顔を見て、清司は幸せを感じていた。




