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麻由美が見せた不思議な目を、どこで見ただろうか、と清司は思った。
しかし思い出せない。麻由美の笑顔で、頭の中がいっぱいだったからだ。
「和菓子、どんなものを作ってくれるのかなあ」
にやにやと笑ってしまう。
最近、清司は栄一に話しかけなくなっていた。
話しかけても迷惑がられるだけだ。
毎日麻由美のことで頭の中も胸の中も幸せで満たされていた。
約束通り、麻由美は和菓子を作ってくれた。
「本当に、お菓子の天才だね」
清司が褒めると、麻由美は手を振って「そんなことないから」といった。
「麻由美ちゃん、いったい誰に料理、教わったの?」
清司が訊くと、麻由美は少し顔を下に下げた。
「小さい頃、お母様が教えてくれたの」
そして、ふう、と小さく息を吐いた。
清司は麻由美の顔を覗き込むようにして、話しかけた。
「お母さん、すごく料理が上手だったんだね」
「ええ」
「そっかあ……。お母さんの料理も食べてみたいなあ」
そういいながら、清司はあることに気がついた。
「……麻由美ちゃんって、お母さんいないんだっけ……」
軽い口調で訊いた。麻由美は小さく頷いた。
「ええ」
顔を下げて、ぽつりと呟いた。
「何でいないの?」
「死んだの……。事故で」
「ふうん。どんな事故?」
「よく覚えてない。でも、私もそこにいたのは何となく覚えてる。お母様は、私を庇って死んでしまったの」
そしてそっと頭を上に上げ、消えそうな声で独り言をいった。
「……お母様に会いたいな……」
寂しそうにいう麻由美に、清司は明るくいった。
「別にいいじゃん」
麻由美は目線を清司に変えた。
「いい……?」
「うん。だって、死んだのはお母さんじゃん」
母親が死に、悲しんでいる麻由美の心など全く考えず、続けた。
「死ななくてよかったね。麻由美ちゃん」
そういって、満面の笑みを浮かべた。
「……死ななくてよかった、なんて思ったこと、一度もないわ」
清司の言葉を聞いて、麻由美の目線が少し鋭くなった。
「だめだめ。そうやっていつまでも死んだ人のことを思い出してもどうにもならないよ。ただ疲れるだけだよ」
そして腕を組みながら、麻由美に教えるようにいった。
「よく考えてみなよ、麻由美ちゃん。そうやって、いつまでもいつまでも死んだ人のこと考えたって、意味ないよ。だって、もう会えないんだからさ。そんなこと考えてくよくよしてるなんて馬鹿みたいだよ。死んだ人のことなんか忘れちゃいなよ」
何もいわない麻由美に、あははははと笑った。
そして少し恥ずかしそうに顔を赤くして、付け加えた。
「大切なのはいまだよ、いま。……これから、僕たちが二人で生きていくことの方が、ずっと大切でしょ……」
麻由美は何もいわずに、清司の話を聞いていた。
「お母さんが死んだことなんかどうでもいいじゃないか。そんなことより、麻由美ちゃん」
清司はデレデレした顔で、麻由美に話しかけた。
「僕、お菓子以外にも、料理とか食べてみたいんだけど」
身を乗り出して、麻由美にお願いした。
「料理?」
「うん。作れない?」
麻由美は黙ったが、しばらくすると「何がいい?」と感情の篭っていない声で訊いた。
「そうだなあ……。じゃあ、ハンバーグがいいな」
子どもっぽくいう清司を、麻由美は冷たい目で見た。
何となく空気が重くなったような気がして、清司は話題を変えた。
「ああ、この前、テレビでねえ、もう終わっちゃったアニメが再放送されててねえ。すごい面白かったんだけど、麻由美ちゃん、知ってる……」
「今日はここまでで」
幼稚でつまらない清司の話を遮って、麻由美は鋭くいった。
もう少し長くいたかったが、麻由美にいわれてしまい、清司は仕方なく家に帰ることになった。




