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清司は、いつものように鳥居家の大きな門の前に来ていた。

今日は麻由美と会える日なのだ。うきうきしている心が膨れ上がっていく。

そしてズボンのポケットに入れてあった物を取り出した。

鍵だ。雪男に手渡された物だった。

「麻由美を屋敷から出したくないんだ。会う時は、清司くんがこちらへ来るようにしてほしい」

そういわれ、清司は鳥居家の鍵をもらったのだ。

会う日ではなくても、いつでも麻由美に会うことができるのだ。

麻由美を屋敷から出したくないのかは、麻由美があまりにも美しいからだろう、とすぐにわかった。

美女の中の美女である麻由美が、何かの事件に巻き込まれたら大変だ。

もちろん、清司も麻由美を屋敷の外に出すのは嫌だと思った。

他の男に見られたくない。


麻由美ちゃんは、僕の婚約者なのだから……


鍵は常にズボンの中に入れている。失くさないように気を付けていた。


清司が持っている鍵は三つだ。

鳥居家の門の鍵と屋敷の玄関の鍵と麻由美の部屋の鍵だ。

清司は門の鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んだ。

すぐに門は開き、清司は屋敷の玄関の方に歩いて行った。


同じように玄関も開け、靴を脱いだ。

すぐに麻由美の世話係の奈那子が清司のところにやって来た。

「お荷物、お預かりします」

丁寧な口調で、清司の鞄を受け取った。

「ありがとうございます」

清司も小さく頭を下げた。


麻由美は、清司に会うために自分の部屋で着替えをしていると奈那子から伝えられた。

「もう少し、お待ちくださいね」

愛想よく笑う奈那子を見て、この人と結婚するといわれたら絶対に断るだろう、と清司は思った。

自分が、太っていて、頭も悪く、ただ親の七光りだけで生きている全く何もできない半人前の人間だということに、清司は全く気づいていなかった。

奈那子はフリーターとして、必死に働いていた。

しかし、清司は何もしていない。


10分ほど経ってから、清司のいる部屋の中に麻由美が入ってきた。

ピンク色の、麻由美に一番似合うワンピースを着ていた。

「こんにちは」

清司の座っているソファと向き合うように置かれているソファに腰掛けながら、麻由美は小さくいった。

「こんにちは。麻由美ちゃん、その服、似合うね」

清司がどきどきしながらいうと、麻由美は恥ずかしそうに笑った。

「ありがとう。清司さんも素敵よ」

「そんなことないよ」

「私には素敵に見える」

大きな目を真っ直ぐに清司に向けてきた。清司の胸が早くなっていく。

「えへへ……ありがとう」

またデレデレとしてしまった。

「いいえ」

にっこりと笑った麻由美の顔を見て、清司は幸せでいっぱいだった。

「ちょっと待ってて」

すっと立ち上がり、麻由美は部屋を出て行った。

そしてしばらくすると、何かを両手で持ち、戻ってきた。

「どうしたの?」

清司が訊くと、麻由美はふふふっと小さく笑った。

「あら。忘れちゃったのね。約束したこと」

麻由美のいったことがわからず、清司はあわてた。何か約束をしただろうか。

麻由美は持っていたものをテーブルの上に置いた。

「タルトよ。作ってみたの。食べてみて」

それを聞いて、前回自分がタルトを食べたいといったことを思い出した。

「わあっ……ありがとう。覚えててくれたんだ」

麻由美が作ったタルトは、オレンジ色に輝いていた。

まるで宝石のようだ。

「もちろんよ。だって、約束したんだから」

「でもこんなのすごく小さい約束じゃないか」

「小さくても約束よ」

「だけど、僕忘れてたよ?」

「私は覚えていたわよ」

清司はふうん、と声を出した。

「麻由美ちゃんは、しっかりしてるんだなあ」

「そうかしら」

突然、麻由美の声が別の人間に変わった。

「私、約束事はきちんと守らないといけないと思ってるの。約束は、忘れちゃいけないものなのよ」

麻由美は清司の目を逸らした。清司と目を合わせたくない感じがした。

「忘れちゃうのも、忘れられちゃうのも嫌だわ」

「どうして?」

「だって、約束したんだからきちんと果たさなきゃいけないでしょう。忘れられたら、ずっと待ってた方は悲しくなるじゃない」

麻由美の声がさらに麻由美ではなくなっていく。清司は他人と話すような気持ちになった。

「そうかな。別に僕は気にしないけど。約束なんて。約束を忘れちゃっても、悲しくなんかないよ。それに、たぶん向こうも忘れちゃってるんじゃないかなって思う」

清司はよく約束を忘れてしまうことがある。しかし有名外科医の一人息子だからということで、みんな許してくれた。

だから約束の大切さがわからなかった。

「約束なんてどうでもいいよ。そんなこと」

清司がいうと、麻由美はいままで清司に見せなかった目をした。

どこを見ているのかわからない、不思議な目だ。

麻由美の目ではなかった。誰か別の人間の目だと思った。

この目を、清司は見たことがあるような気がした。

しかしどこで見たのか、わからなかった。


しばらくどこかを眺めていて、麻由美の目はもとに戻った。

「タルト、どうぞ。あんまりおいしくなかったらごめんなさいね」

「そんなことないよ。麻由美ちゃんが作るものは、何だっておいしいんだから」

清司はタルトを食べ始めた。甘い味がとろけて、一気に口の中に広がっていく。清司は天国に行ったような気分になった。

「おいしいよ!」

清司がいうと、麻由美は目を大きくした。

「本当!?よかった!」

「やっぱり麻由美ちゃんが作った物は、何でもおいしいんだね」

「ありがとう。じゃあ、また今度タルト作ろうかな」

「うん。あ、でも、次は和菓子がいいなあ」

「何がいい?」

清司はすぐに答えた。

「何でもいいよ。麻由美ちゃんのお菓子は何でもおいしいから。えへへ……」

「わかった。次に会う時にまでにいろいろ作っておくわね」

麻由美は目を細くして笑った。

「うん。じゃあ、約束」

清司は手を麻由美の方に差し出した。約束の握手をしようとしたのだ。

しかし麻由美は握手を無視し、タルトが載っていた皿を片付け始めた。

そして「今日はこれでお話はやめましょう」といってきた。

清司は少し気になったが、特に不安になることはなかった。









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