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写真で見た時よりも、麻由美は美しかった。
大きな瞳。茶色くて長い髪。丁寧で大人びた柔らかい声。ほっそりとした、スタイルの良い体……。
何もかもが完璧だった。
まさしく大富豪の娘だった。
清司は緊張と興奮で、体を震わせた。
こんなに美しい女性がいるのかと清司は驚いた。
そしてこの美女が自分の嫁になるのかと思うと、頭がおかしくなりそうだった。
「麻由美さんに失礼なことをいったりしたらいけないぞ。礼儀正しく話すんだ」
父にいわれた言葉が、さらに清司にプレッシャーを与えた。
失礼なこととは何だろうか。
礼儀正しく話すためには、どうすればいいのか。
もう何が何なのかわからなくなってきた。
「あ……あの……」
震える声で麻由美に話しかけた。しかし話す内容を考えていないことに気づき、清司はあわてた。
「何ですか?」
大きな麻由美の目を見て、さらに心臓が早くなっていく。
「あっ……あの、え、えっと……」
動揺で冷や汗を流しながら、必死に麻由美に話すことを考えていた。
失礼なことはいっちゃいけないんだ!
でも、失礼なことってなんだろう?
心の中で、清司は叫び続けた。
冷や汗が噴出して、止まらない。
「清司さん?」
麻由美に声をかけられ、清司は格好悪く手足をぶるぶると震わせた。
「いやっ、ち、違うんだけど……、あの」
声まで震えていた。
「あの……え、えっと……」
麻由美は清司の気持ちに気づいたように、目を逸らした。
そして、落ち着いた口ぶりで訊いてきた。
「清司さん、紅茶とコーヒー、どちらが好きですか?」
にっこりと笑いかけてくる。
それを見て、清司の動揺が増した。
清司は甘いものが好きで、紅茶もコーヒーも飲んだことがなかった。
いつも果物のジュースだ。
しかしここで果物のジュースを飲んでいるというわけにはいかなかった。
あまりにも格好悪いからだ。
父親に恥をかかせたくなかった。
「ああ……こ、紅茶かな……」
とりあえず飲めそうな方を選んだ。コーヒーは苦くて清司の口には合わない。
「そうですか。私も好きなんですよ、紅茶」
麻由美が大きな目で見つめてくる。
「特に好きなものは?ダージリンとか、アッサムとか」
さらに質問され、清司は困った。紅茶の味の名前なんて知らなかった。
「あ……あの、その、と……特に好きなものはないです」
「あら。もし好きなものがあったら、一緒に飲もうと思っていたのに」
残念そうに麻由美はいった。
あまりにもレベルが高すぎる、と清司は心の中で思っていた。
自分に、この美女の相手役をするなど、到底できそうになかった。
本当にこの美女を嫁にしてもいいのか、急に不安になった。
麻由美と話せる話題を、清司は考えられなかった。
麻由美が喜ぶことは何なのだろう、と毎日悩んでいた。
そしてその悩みが、とてつもなく幸せな悩みだということに気づいていた。
清司は格好悪くて、俯いたまま、怒られた子どものように座っていた。
「清司さん」
麻由美の声が、さらに大人っぽくなった。
「顔を上げてください」
「えっ……」
「顔を上げてください。清司さんの顔をもっとよく見たいです」
「あ、はあ」
清司はいわれた通りにした。麻由美の美しい顔を見て、また心臓が早くなっていった。
「緊張してるんだったら、やめてください。こっちまで緊張しちゃう」
麻由美が可愛いらしく笑顔を向けてきた。
「そ、そうですね」
清司もぎこちなく笑い返した。
麻由美と会うということが決まったのは、四日前だった。
母親に、「今度の日曜日に麻由美さんのお家に行くことになったから」といわれたのだ。
それを聞いてから、清司は動揺してほとんど何もできなくなった。
大好きなご飯を食べている時も、その料理の味がわからなかったほどだ。
叔母は嬉しそうに笑っていた。
しかしその裏で、清司が家から出て行ってしまうことが悲しいともいっていた。
清司は高校生になったら叔母の屋敷から出る。麻由美と付き会うために、実家に戻らないといけない。
「清ちゃんが出て行っちゃうなんて寂しいわ。またここに来てね。清ちゃんの好きなお菓子、たくさん用意して待ってるから」
叔母はそういいながら、清司の頭や体を撫でた。
もちろん栄一も屋敷から出て、北原家に戻ることになった。
叔母は清司が屋敷から出ることが悲しくて、栄一のことはどうでもよかったらしい。
「さようなら」
そう、小さく呟いただけだった。




