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鳥居雪男の大豪邸へ向かう間、黒光りの車の中で、また愛子と雪男は話しをした。

といっても、ただ雪男がしゃべっているだけで、愛子はほとんど何もいわなかった。

「麻由美のためにパーティーを開く用意がしてあるから、楽しみにしていなさい」

にやにやと笑いかけてくる雪男を無視し、愛子は窓の外をぼんやりと見つめていた。


鳥居家には、ルールというものがあった。

それを聞いて、愛子は絶望感でいっぱいになった。

まず、雪男のことは『お父様』と呼ぶようにいわれた。

一人称も変えられた。『あたし』ではなく、『私』に変えるよう、いわれた。

話し方も敬語で、ゆっくりと落ち着いて、大人の女性のように話すように注意された。

父親の雪男のいうことは何でも聞くこと。屋敷から勝手に出て行かないこと。友人を作らないこと。

もちろん、施設に行くことも禁止だ。

愛子の使う部屋は死んだ麻由美の部屋になった。

死んだ人間が使っていた部屋で過ごすことなどできなかった。

麻由美の幽霊が出てくるのでは、と思い、何日も眠れない夜が続いた。

しかし逆らったら殺されるかもしれないのだ。

食事をする時も雪男と一緒だ。

酒とタバコの充満した場所で、ご飯をおいしいと思えるだろうか。

まだ六歳の愛子の前で、雪男は好きなだけタバコを吸った。


愛子は毎日、部屋の窓から外を見た。

ここから出て行けるなら、ベランダから飛び降りてもいいとまで思った。

とにかくこの悪魔が住む屋敷から抜け出したかった。


そして何よりも栄一が恋しかった。

愛子はあの時、もう一度大人になってから会えた時のことをいいたかった。

落ち着いているつもりだったが、なかなか口から言葉が出せず、その隙に栄一は逃げてしまった。

さよならもいえなかったのだ。

父親と死別した時よりもつらい別れだった。


大人になれば、残せる何かが見つかるかもしれない、と愛子は思った。

だから、また会おうと何度もいったのだ。

再会してから、二人で大きな何かを見つけよう、と約束をしたかったのだ。

また会うためにはミサンガで繋がっていなくてはいけない。

しかし栄一はもう二度と会えない、といっていた。

始めから、離れ離れになるということを決め付けていた。

そんな約束をしても無駄だといっていた。

だからミサンガを受け取ってくれなかった。


どうして栄一が逃げたのか、愛子にはわからなかった。

ミサンガを付けてくれ、と何度もしつこくいったせいで、嫌気が差したのだろうか。

約束をしても無駄なのだから、ミサンガなんて付けなくてもいい、といっているのに、聞かない愛子が嫌になったのだろうか。

もしそうだとしたら……と思うと、愛子は胸が痛くて動けなくなった。

さらに愛子は後悔していた。

ミサンガのことを話している時に、一番大切なことをいい忘れていた。

「ミサンガは、利き手に付ける」ということだ。

ミサンガで恋愛を成就するには、利き手に巻かないといけないのだ。

愛子は右利きだったので、右手首にミサンガを巻いている。

栄一に渡すはずだった、黒い紺色のミサンガだ。

栄一が逃げようと後ろを振り返った時、愛子は栄一の腕を掴まえようと手を伸ばした。

しかし栄一はすぐに姿を消してしまい、愛子は追いかけるのをやめた。

そしてその後、ミサンガが一つなくなっていることに気がついた。

なくなっていたのは自分が付けるはずだった薄いピンク色の方だった。

愛子は自分がいた場所を探した。どこかに落ちていると思った。

しかしミサンガは見つからず、結局その後施設に戻っていったのだ。

施設に戻っても栄一はいなかった。探そうと思ったがやめた。というより、探す時間がなかった。

もう何をいっても、栄一はミサンガを付けてくれないだろうと諦めた。

そのまま雪男に車に乗せられ、悪魔の住む大豪邸に行った。

愛子は死に、麻由美が生きることになったのだ。


愛子はもう一度、麻由美を哀れんだ。

この地獄に六年もいたのかと思うとかわいそうになった。

しかももう死んでしまったのだ。

もしかしたら愛子もここで死んでしまうかもしれない。


「栄ちゃん……」


愛子はベッドの中で、何度も枕を涙で濡らした。

寂しいと泣いたら負けだ、と栄一はいっていたが、この寂しさに勝てるものを、愛子は持っていなかった。







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