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栄一は施設から離れたところを、ぶらぶらと歩いていた。
行く当てもなく、何も考えず、なるべく施設から離れた道を歩いていた。
そうして、もう何時間も経っていた。
誰にも会いたくなかった。このまま、夜の冷たい空気に溶けて消えてしまいたくなった。
寂しいと思ったら負けだ……
寂しいと泣いたら負けだ………………
頭の中で、ずっと念じていた。
施設から離れたところを歩いていたはずだったが、どこでどう間違えたのか、栄一はいま一番行きたくない場所にやって来てしまった。
愛子と星空を見た、誰もいない広い空き地だ。
栄一は来た道を歩こうと、後ろを振り返った。
とにかく、あの空き地には行ってはいけないと思っていた。
寂しいという気持ちに、負けるわけにはいかなかった。
あの空き地に行ってしまったら、完全に栄一の敗北は決まってしまう。
しかし足を一歩出したところで、誰かにじっと見つめられている気がした。
はっとしてその方向に体を向けた。
頭の中ではいけないと思っているのに、体がいうことを聞かなかった。
そこには、いま一番会いたくない人物が立っていた。
愛子だった。
栄一は石のように体を固くした。寒いのに冷や汗が流れた。どうしてここにいるのだろうか。もう取引先の家に行ったのではなかったのか。
そして、まるでここに栄一がやって来るのをわかっていたように空き地にいたということに栄一は驚いた。
固い体を無理矢理動かし、逃げるように走った。
「待って!」
愛子の声が聞こえる。栄一は必死に無視をした。
「待って!栄ちゃん!」
栄一は走り続けた。寂しいと思ったら負けだ。負けたくないんだ………
「栄ちゃん!」
愛子が後ろから追いかけてくる。だがここで足を止めることはできない。
「わっ」
突然愛子が小さく声を上げた。そして何かが倒れる音がした。
栄一は振り返った。また体が勝手に動いた。
愛子はよろよろと立ち上がった。石につまづいて転んだようだった。
「大丈夫かっ」
愛子の方に走って行った。まずい、と気がついたのは愛子の目の前に来てからだった。
「栄ちゃん」
栄一はまた逃げようとしたが、愛子に手を掴まれてしまった。
「栄ちゃん……どうして逃げるの……」
はあはあ、と苦しそうに息を出した。全力疾走したようだ。
「に……逃げるって……」
動揺して、何も考えられない。
「あたしの顔見たら、走ってっちゃうんだもん」
愛子は寂しそうにいった。栄一はなんと答えたらいいのかわからず、そのまま立ちつくした。
「どうして?」
大きな目で栄一の顔を見つめた。
「……だって、もう家に行ったのかと思ったから……」
「引き取られる家に?」
「うん。だから何でここにいるんだろうって思って」
震える声でいった。口からうまく言葉が出てこない。
「でも、だったらどうして逃げるの?訊きに来るのがふつうでしょう?」
「いや……だから……」
冷や汗が流れて止まらない。どくどくという心臓の音が聞こえる。
「……ねえ……栄ちゃん」
愛子は落ち着いたように栄一を見た。
「……何だよ……」
落ち着け落ち着け、と自分にいい聞かせながら、栄一は答えた。
「あたし、今日で施設からいなくなっちゃうでしょ。栄ちゃんと離れ離れになっちゃうでしょ……」
「うん……」
愛子は俯いた。泣いているのかなと思ったが、違うようだ。
「……これ……」
愛子は顔を上げ、着ていたジャンバーのポケットから何かを取り出した。
「これ、ずっと作ってたんだ」
「作ってた?」
「うん。家庭科室で」
栄一は、愛子が家庭科室に閉じ篭っていたことを思い出した。
「栄ちゃんに渡そうと思って」
そういって愛子は、持っていた物を栄一に見せた。
「何これ?」
栄一の心臓がさらに速くなった。
愛子は小さく息を吸った。
そして、それを吐き出すように、一言、呟いた。
「ミサンガだよ」




