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不安定な気持ちを何とか支えながら過ごしていた栄一の耳に、愛子が引き取られるのは二月の終わり頃だという話が飛び込んだ。

もう驚きもしなかった。不安とあせりでいても立ってもいられなくなった自分はどこかに行ったようだ。

愛子、さよなら。元気でな……もう、そんな言葉しか、栄一の頭には浮かばなかった。

そして、最後にこう付け加えた。



殻の外に出ても、すぐに死ぬんじゃないぞ

永く永く、生きてやるんだ

蝉みたいに生きたら、許さないからな




栄一は、愛子が気持ち悪いといっていた蝉の抜け殻が入っている箱を、机の引き出しから取り出した。

この殻の中には、愛子と過ごした日々が、たくさん詰まっている。

蝉の話をした時のことも、二人で手を繋いで星を眺めた夜も、全てこの中に入っている。

そしていま、それらが一瞬で砕け散るということを、栄一はわかっていた。

もう愛子とは二度と会えないのだ。

今さらこんな物を持っていても仕方がない。

栄一は箱を引き出しに戻し、決意をした。

愛子が行ったら、殻を全て捨てる。

捨てるだけじゃない。ボロボロになるまで、踏み潰してやる。

そうだ。俺に、幸せなんてないのだ。

俺は一生一人きりなんだ。

愛子と会ったのは、ただの偶然だ。

愛子と過ごした日々は、気まぐれな神様がちょっとだけ楽しませてくれた夢だったのだ。


愛子と繋がっている糸は、ほとんど切れかけていた。

そのことに栄一は気づいていた。

また繋がれることはないように見えた。


すみれがいっている『新しい子』で、栄一の心が満たされるわけがなかった。

愛子はふつうの女の子ではなかった。

あの大きな瞳。

腰まである茶色い髪。

恥ずかしそうに笑う顔。

星空が好きだというロマンチックな性格。

愛子以上の人間など、この世にはいないと栄一は思った。

また一人きりに戻るのか、と思うと、孤独感で耐えられなくなった。


人と糸で繋がるのがこんなに嬉しくて、そして糸が切れるのがこんなにつらいということを、栄一は生まれて初めて知った。


寂しいといったら負けだ

寂しいといって泣いたら負けだ


そういっていたのは、自分じゃないか。


栄一は寂しいという気持ちに負けそうになっていた。

それに打ち勝つための方法など何もなかった。

この気持ちをどこに持って行けばいいのか、全くわからなかった。

愛子に会おうという気は起きなかった。

愛子の顔を見たら……自分は完全に負けてしまう。



栄一は顔を上げ、空を見た。

もうあの星空も見ることができないんだな、と思った。










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