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栄一はいつものように、部屋に閉じ篭っていた。
すみれは励ますように、栄一に何度も話しかけてきた。
しかしそんなものは何の役にも立たなかった。
『愛子が引き取られる家は大金持ちだ』ということだけしか、栄一は知らなかった。
何という名前なのか、どこに住んでいるのかもわからなかった。
「いいなあ、あたしも、大金持ちの家に行きたいなあ」
愛子を羨ましがる女の子を見ると、栄一はやりきれない思いでいっぱいになった。
「元気出して、栄一くん」
すみれは鬱陶しいくらい、話しかけてきた。
栄一は何もいわず、ただ俯いていた。
「愛子ちゃんがいなくなって寂しいのはわかるけど、そんなに落ち込まないで」
栄一は心の中で、すみれにいっていた。
俺の『寂しい』は、そんな簡単な言葉で救われるわけがない…………………
さらにすみれはこんなこともいった。
「大丈夫よ。寂しくても、すぐに新しい子がやってくるから」
栄一は少し驚いた。耳を疑った。
ここは養護施設だ。楽しい幼稚園ではない。
『新しい子がやってくる』というのは、また誰かが死んでしまったということだ。
すみれは長く働いているから、もうそのことを忘れてしまっているのだ。
栄一も忘れていた。そしてそれを思い出させるように、愛子が引き取られることになったのだ。
自分がいったことを全く気にせず、すみれは笑っていた。
すみれがそんなことをいう人間だと、栄一は思っていなかった。
その日から、栄一はすみれのことを避けるようにした。
ベッドの中にいても、愛子が施設から出て行ってしまうというのは確実なのだ。
栄一は部屋から出て、外に出た。
行く当てもなくぶらぶらと歩いているうちに、広い空き地にやってきた。
愛子と二人で手を繋いで、美しい星空を見た場所だ。
栄一は顔を上げた。
灰色の雲が、栄一を見下ろしていた。
そういえば、今日は夕方から雨が降るとすみれがいっていた。
あの夜………
どうして、空はあんなに美しく輝いていたのだろう………………
栄一は足もとに転がっていた空き缶を蹴った。
あの時は暗くて見えなかったが、この空き地はかなりゴミが散乱していた。
それなのにあの夜栄一はこの場所で、幸せだ、と思ったのだ。
いままで生きてきて、初めて感じた幸せ………………
ふう、と栄一は息を吐いた。
冷たい風に、栄一は体を震わせた。
そうだ、と栄一はまた不思議に思った。
星空を見た夜、栄一は真冬の中でコートも着ないでいた。
それなのに、寒いと感じなかった。
愛子と手を繋ぎ、栄一はずっと星空を見つめていた。
愛子から伝わってくる暖かい熱が、栄一の体を温めていた。
栄一はまた息を吐いた。白い息が栄一の目の前に現れ、すぐに消えた。
愛子もこうやって、すぐに消えてしまうのだ。
「愛子」
栄一は小さく呟いた。
そして、また曇り空を見上げた。
「愛子、俺」
栄一はまた、呟いた。
「……負けるかもしれない……」
そういった直後、曇り空から雨の雫が栄一の顔に落ちた。




