26
クリスマスの夜、施設の中は小さなクリスマスパーティーが開かれた。ボランティアのお兄さんやお姉さんが着ぐるみを着て、子どもたちにお菓子を配った。
みんなが楽しそうに笑っている。小さいけれど、幸せを感じていた。
しかし栄一はそんな幸せなど感じていなかった。
あせりと不安が心の中を渦巻いていた。
愛子がいないのだ。
部屋は全部見たし、帰って来るのをずっと待っていた。だがいつまで経っても愛子の姿が見えない。
どこへ行ってしまったのだろうか。
すみれにも訊いてみた。しかし「見てないよ」と簡単に返事をされて、一緒に探してくれなかった。
そうして愛子探しをして、すっかり外は暗くなってしまった。
栄一は心配で仕方がなかった。
もしかして外に出て行ったんだろうか……。
でも玄関に靴は置いてあった。こんなに寒い時に、靴をはかないでどこかに行くのはちょっと考えられなかった。
「栄一くん、メリークリスマス」
すみれがお菓子を持ってやってきた。しかし栄一は受け取らず、愛子のことについてまた訊いてみた。
「え?部屋にいないの?」
すみれは驚いて目を大きくした。
栄一は頷いて、すみれの目を見返した。
「外に出て行ったのかもしれない」
体を固くして栄一がいうと、すみれは困ったような顔をした。
「でも、玄関には施設のおばさんがいるじゃない」
「そうだけど……靴は置いてあったし、何で一人で外に出て行ったのかもわからないんだ。どうしよう」
話しているうちにだんだん弱気になっていく自分が情けなかった。
「どうしようっていわれても……」
すみれは俯いた。
すると突然何か思い出したように、顔を上げた。
「……もしかして、裏口のドアから出て行ったのかもしれない」
「裏口のドア!?」
栄一は大声を出した。
「そういえば愛子ちゃん、鍵がかかってる部屋のドアをヘアピンで開けたことがあった。愛子ちゃんは手先が器用だから、もしかしたら……」
「何でそんな大事なこといわなかったんだよ!」
怒鳴りながら栄一は事務所の部屋に向かって走った。
裏口に行くと、ドアが半開きになっていた。
ドアの前に置いてあるはずのスリッパが一組なくなっていた。
栄一は靴下のまま外に出た。
施設の裏は大きな木が固まって立っていて、小さな森のようになっている。
真っ暗なまま栄一は森の中を歩いた。
コートも何も着ていないので、栄一の体はぶるぶると震えた。
冷たいナイフのような風が、栄一の体に突き刺さった。
次に花公園に行った。
しかし愛子はいなかった。ぼんやりと花が見えただけだった。
近くの空き地にも行ってみた。
あさがお園の周りには目立った建物は建っていない。ほとんど空き地だ。施設の子どもたちの遊び場として使われている。
少し離れた場所も見に行った。
けれど栄一の前に、愛子は現れなかった。
栄一は広い空き地の角でしゃがんだ。
体が氷のように冷たい。
まずい、思った。
これ以上ここにいることはできないと思った。
仕方なく、施設の方にがたがたと震えながら歩いて行った。
もう声も出せなかった。
ふらふらと栄一は、施設に向かった。
その時、ふと顔を上げた。
何となく、誰かが見ている気がしたのだ。
そこには、栄一が今まで見たことのないような綺麗な星空が広がっていた。
栄一は足を止めてそれを見つめた。
こんなに綺麗なものが、この世にあったとは………
あまりの美しさに、栄一はそこから目を離せなくなった。
栄一が見てきた空は黒い塊が浮かんでいた。
世の中の汚らしい泥のようなものが、栄一を見下ろしていた。
空が綺麗だと思ったことなんてなかった。
「素敵でしょう?」
突然横から声が聞こえて、栄一は驚いた。
愛子が栄一を見ていた。ふふふっと小さく笑っていた。
栄一は目を鋭くして愛子を見た。
どれだけ自分が心配していたか、愛子にいおうとした。
すると愛子はだめだよ、というように栄一の口元に人差し指を近づけた。
せっかくこんなに綺麗な星空が見えるのに、そんなことをいうのはやめようよ……愛子は大きな目でそういっていた。
次に美しい夜空を指差した。
「これが、あたしが欲しかったクリスマスプレゼントだよ」
小さな声でそっと呟き、じっと栄一の目を見つめた。
栄一は固まったまま、その目を見返した。目を逸らせなかった。
「これはお父さんと一緒に見た星空だよ。お父さんは死んじゃったけど、星空はちゃんと生きてるの」
愛子は星空を見つめた。栄一も星空を見た。
きっとびっくりすると思うよ……クリスマスプレゼントを訊いた時、確か愛子はそういっていた。
愛子はまた話し始めた。
「何もないところの方が、星は綺麗に見えるんだよ。ここにはあたしたちしかいないでしょう。何もなくても、こんなに綺麗な星空が見られるの」
そして、そっと栄一の手を握った。
栄一はどきっとした。寒いはずなのに、なぜか体の中が熱くなった。
「ねえ、栄ちゃん。クリスマスに何もプレゼントをもらわない子どもはいないんだよ」
愛子の体の熱が栄一の体に伝わって、栄一の心の中が暖かくなっていく。
栄一も強く愛子の手を握り返した。
「サンタさんじゃなくてもいい。お父さんでも、お母さんでもいいの」
「うん」
声を出した。そうしないと、そのまま溶けてしまう気がした。
「だから」
愛子が栄一の顔を覗き込むように見た。
「あたしが、綺麗な星空を栄ちゃんにプレゼントするよ」
栄一は体をさらに固くした。握っている手の力も強くなった。
「メリークリスマス。栄ちゃん」
愛子が小さく呟いた。手のひらをぎゅっと握られた。
初めて、自分は幸せだ、と思った。
しばらく二人は、美しい星空を眺めていた。




