表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/92

24

栄一の趣味は蝉の殻拾いだ。

夏になるとほとんど毎日外に出ていた。

どうせ部屋の中にいたって暑いのは一緒なのだ。

そんなもので涼しくなるわけないだろう、と扇風機の前に座っている子どもたちに心の中でいった。

「栄ちゃん、何してるの?」

愛子が後ろから声をかけてきた。

最近、愛子は栄一のことを『栄ちゃん』と呼ぶようになった。

もう愛子が来てから、四ヶ月経つ。

「蝉の抜け殻拾ってんの」

振り返り栄一が殻を見せると、愛子は少し後ずさりした。

愛子もそうだが、ふつう、女の子は虫が好きではない。

夏にカブトムシやクワガタを見つけに行くのは大抵男子だ。

「こんなもの、どうするの?拾っても、別にいいことないよ?」

愛子は恐る恐るといった感じで、栄一の手のひらに載っている蝉の抜け殻を見た。

「蝉って、かわいそうな虫だなって思うんだよ」

「えっ?」

愛子は目を丸くした。

「蝉って、二週間くらいしか生きられないんだ」

愛子は何もいわず、じっと栄一の顔を見つめた。

「一週間で死ぬという人もいるんだけど、本当は二週間くらい生きるんだ。でも、たった二週間だぜ。短すぎだよな」

「うん」

愛子は頷いた。

「もし愛子が二週間しか生きられないとなったら、どうする?」

「どうするって……」

「二週間だけだったら、愛子という人間がいたのかどうか誰もわからない。本当に愛子なんて人間がいたのか?なんていわれて、忘れられたら嫌だろう?」

「嫌だよ」

愛子は悲しそうな顔をした。

「せっかく生まれてきたのに、そんなこといわれたくない」

栄一は頷いて、いった。

「蝉はかわいそうな虫だ。すぐ死ぬし、生きている時もうるさいといわれる。ひどい虫生だ。だからせめて、抜け殻くらいは拾ってやろうとか思うんだ。ちゃんと生まれたっていう証拠みたいな感じで」

愛子はまだよくわからない顔をしていた。

「でも本当は蝉はもっと長く生きてる。土の中で、殻の中に閉じ篭って。六年くらい、長ければ十年以上、そうやって生きるんだ」

そして少し間を空けて、栄一はいった。

「俺も六年間、この養護施設という殻の中で生きてきたんだ。蝉みたいに生きてるんだ。蝉と似てるんだよ、俺は」

「え……」

愛子は戸惑った顔をした。

「栄ちゃんが蝉みたいに生きてる?」

「そう。だからこのままいったら、俺もこの養護施設から出て行ったら二週間で死ぬのかもな」

「待って。そんなこといわないで」

愛子は困った顔で、栄一をじっと見た。

「栄ちゃんが死ぬなんて嫌だよ」

栄一は手のひらに載せていた蝉の抜け殻をくしゃっと握りしめた。

「俺はもう蝉みたいに生きたくない。殻の外に行っても、二週間で死なない」

そして、抜け殻を足もとに落とした。

「殻の外でも、ずっとずっと永く生きる。生きてやる。もう蝉みたいに生きない」

栄一は足もとに落とした蝉の抜け殻を踏み潰した。

「お前もこの養護施設という殻から出て行っても、すぐに死んだりするなよ」

愛子は何もいわず、踏み潰されて粉々になった抜け殻を見ていた。

そして栄一は少し声を大きくして、いった。

「もう大声で泣くな。蝉みたいに大きな声で泣くんじゃない」

愛子はまだ抜け殻を見つめていたが、しばらくすると、ゆっくりと顔を上げた。

「あたし、もう泣かない。蝉みたいに生きたくないもん」

栄一は大きく頷いた。


「俺たちも何か残そう。こうやって、すぐに踏み潰されるような抜け殻じゃだめだ。栄一と愛子は、本当にいたんだっていう、大きな『何か』を残すんだ」

もう殻はただの紙くずのようになっていた。風で飛ばされている。

「何かって……、何を残すの?」

愛子が訊いてきた。

「これから二人で見つけるんだよ」

栄一はそっと小さくいった。































評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ