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栄一の趣味は蝉の殻拾いだ。
夏になるとほとんど毎日外に出ていた。
どうせ部屋の中にいたって暑いのは一緒なのだ。
そんなもので涼しくなるわけないだろう、と扇風機の前に座っている子どもたちに心の中でいった。
「栄ちゃん、何してるの?」
愛子が後ろから声をかけてきた。
最近、愛子は栄一のことを『栄ちゃん』と呼ぶようになった。
もう愛子が来てから、四ヶ月経つ。
「蝉の抜け殻拾ってんの」
振り返り栄一が殻を見せると、愛子は少し後ずさりした。
愛子もそうだが、ふつう、女の子は虫が好きではない。
夏にカブトムシやクワガタを見つけに行くのは大抵男子だ。
「こんなもの、どうするの?拾っても、別にいいことないよ?」
愛子は恐る恐るといった感じで、栄一の手のひらに載っている蝉の抜け殻を見た。
「蝉って、かわいそうな虫だなって思うんだよ」
「えっ?」
愛子は目を丸くした。
「蝉って、二週間くらいしか生きられないんだ」
愛子は何もいわず、じっと栄一の顔を見つめた。
「一週間で死ぬという人もいるんだけど、本当は二週間くらい生きるんだ。でも、たった二週間だぜ。短すぎだよな」
「うん」
愛子は頷いた。
「もし愛子が二週間しか生きられないとなったら、どうする?」
「どうするって……」
「二週間だけだったら、愛子という人間がいたのかどうか誰もわからない。本当に愛子なんて人間がいたのか?なんていわれて、忘れられたら嫌だろう?」
「嫌だよ」
愛子は悲しそうな顔をした。
「せっかく生まれてきたのに、そんなこといわれたくない」
栄一は頷いて、いった。
「蝉はかわいそうな虫だ。すぐ死ぬし、生きている時もうるさいといわれる。ひどい虫生だ。だからせめて、抜け殻くらいは拾ってやろうとか思うんだ。ちゃんと生まれたっていう証拠みたいな感じで」
愛子はまだよくわからない顔をしていた。
「でも本当は蝉はもっと長く生きてる。土の中で、殻の中に閉じ篭って。六年くらい、長ければ十年以上、そうやって生きるんだ」
そして少し間を空けて、栄一はいった。
「俺も六年間、この養護施設という殻の中で生きてきたんだ。蝉みたいに生きてるんだ。蝉と似てるんだよ、俺は」
「え……」
愛子は戸惑った顔をした。
「栄ちゃんが蝉みたいに生きてる?」
「そう。だからこのままいったら、俺もこの養護施設から出て行ったら二週間で死ぬのかもな」
「待って。そんなこといわないで」
愛子は困った顔で、栄一をじっと見た。
「栄ちゃんが死ぬなんて嫌だよ」
栄一は手のひらに載せていた蝉の抜け殻をくしゃっと握りしめた。
「俺はもう蝉みたいに生きたくない。殻の外に行っても、二週間で死なない」
そして、抜け殻を足もとに落とした。
「殻の外でも、ずっとずっと永く生きる。生きてやる。もう蝉みたいに生きない」
栄一は足もとに落とした蝉の抜け殻を踏み潰した。
「お前もこの養護施設という殻から出て行っても、すぐに死んだりするなよ」
愛子は何もいわず、踏み潰されて粉々になった抜け殻を見ていた。
そして栄一は少し声を大きくして、いった。
「もう大声で泣くな。蝉みたいに大きな声で泣くんじゃない」
愛子はまだ抜け殻を見つめていたが、しばらくすると、ゆっくりと顔を上げた。
「あたし、もう泣かない。蝉みたいに生きたくないもん」
栄一は大きく頷いた。
「俺たちも何か残そう。こうやって、すぐに踏み潰されるような抜け殻じゃだめだ。栄一と愛子は、本当にいたんだっていう、大きな『何か』を残すんだ」
もう殻はただの紙くずのようになっていた。風で飛ばされている。
「何かって……、何を残すの?」
愛子が訊いてきた。
「これから二人で見つけるんだよ」
栄一はそっと小さくいった。




