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愛子は毎日父親の話をした。
というか、父親の話しかしなかった。
「あたしの名前を考えてくれたのはお父さんなんだよ」
栄一は頷いた。
「そういってたな」
愛された子どもの顔で、愛子は話した。
「お父さんは、よく子どもは愛の結晶だっていってた。だから『愛子』って名前にしたんだって」
「ふうん」
栄一は羨ましくなった。
栄一という名前は、誰がどんな意味でつけたのか、わからないのだ。
「お父さんは、愛子はお母さん似だっていってた。きっと、大きくなったらすごい美人になるぞって」
愛子は少し恥ずかしそうに笑った。そして、その姿を見せられなかったと寂しそうにいった。
「栄一くんは、お父さんに似るのかな?」
無邪気な顔で訊いてきた。愛子は栄一が施設にいる理由を知らない。
「どうだろ」
いいながら、栄一は考えた。自分はどちらに似るのか。男だから父親だろうか。
『どこかにいる人間』と自分は似るのだ。その人間が誰なのか。
「たぶん父親に似るんだと思うよ」
短く答えて、栄一は考えるのをやめた。考えても親はやってこないのだ。
また愛子はこんなことも話した。
「あたしとお父さんは、人のいない場所に住んでたんだよ。本当に、何もないところに」
「へえ。なんで?」
栄一が訊いたが愛子は答えず、続けていった。
「あたしがね、お母さんはどこにいるの?って訊くとね、お父さんは星になったんだよっていってた」
栄一は苦笑した。そんなわけない。死んだ人があんなに綺麗に輝くなんておかしい。
愛子もふふふっと笑った。
「最初は信じてた。だから、よく星が綺麗な夜はお父さんと星を見たんだよ。お母さんに会えるーって」
そして、そっと栄一から目をそらした。
「星が綺麗に見える場所なんて、人がたくさんいるところにはないんだよ。だから、あたしたちは誰もいないところに住んでたの」
栄一は頷いた。それを見て、愛子は教えるように栄一にいった。
「何もないところにもいいところがあるんだよ。何もないほうが、星が綺麗に見えるの」
そういって、愛子はそっと呟いた。
「あたしは、何もないところのほうが好きだな」
「うん」
栄一はまた頷いた。そして、自分も何もないところのほうが好きだと思った。
「綺麗なんだろうな、その星空」
無意識に言葉が出てきた。
「俺も見てみたいな」
愛子はこくりと頷いた。そして、栄一の目をじっと見つめた。




