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雪男となるべく顔を合わせないようにしながら日々を送っていたある日、麻由美の耳にとんでもない情報が入った。
「麻由美様の婚約者が決まりました」というものだった。
冗談でしょう、と麻由美は思った。
まさか私が結婚するなんて。
しかも、婚約者なんて……。
しかしその情報は明らかだった。
冗談でも何でもなかった。
雪男が勝手に麻由美の婚約者を決めていたのだ。
「嘘でしょう!?私が……結婚するなんて……」
麻由美は雪男にいった。体がわなわなと震えた。
怒りなのか悲しみなのかよくわからないが、とにかく震えた。
「嘘じゃない」
雪男は麻由美に厳しくいい放った。
「お前ももう15歳だ。16歳になれば女は結婚が出来る。もう大人なんだ。いう通りにしなさい」
「そんなに早く結婚しなくたっていいじゃない!」
麻由美は抵抗したが、まだ15歳の少女が大人たちに勝てるわけがない。
麻由美は悪夢であってほしいと願った。
私が……、私が結婚するなんて……。
しかも顔も名前も知らないやつと無理矢理結婚させられるのだ。
何ということだ。
麻由美の気持ちを聞いてくれるのは奈那子だけだった。
麻由美は毎日奈那子に話した。
「ひどい。お父様。私が知らないところで、勝手に婚約者を決めてたなんて」
悔しくて仕方がなかった。
奈那子は麻由美の話を聞いた。しかしどんな言葉を返したらいいのかわからず、結局「きっといい人ですよ」しかいえなかった。
麻由美の婚約者の名前は『北原清司』といった。
酒で倒れる雪男の担当医、北原幸司の一人息子だ。
「北原先生には迷惑をかけてばかりだから、何かお礼をしたかったんだ。そうしたら北原先生にも麻由美と同い年の息子がいると聞いて、麻由美との結婚を思いついた。北原先生はとても頼りがいのある人だから、きっと息子も麻由美のことを護ってくれるだろう」
そういって雪男は大声で笑った。
麻由美は泣きたくなった。
しかし幼い頃、もう絶対泣かない、と彼と約束した。
黙って下を向いて、手首に巻いた紐を見つめた。
もう九年も経っているから先がほつれている。
……私は、結婚などしない……。
彼にもう一度、会うまでは……。
九年の間、ずっと麻由美は彼のことを想っていた。
ずっと、ずっと……彼の顔が浮かんでいた。
泣いたら負けだ、と彼はよくいっていた。
寂しいと泣いたら負けだ、と。
その言葉で、麻由美の心は強くなっていった。
いま彼はどこで何をしているのだろう。
まだ抜け殻を集めているのかな、と思って、小さく笑った。




