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「ねえ、奈那子さんは、お父さんのこと好きですか?」
奈那子が部屋を掃除している時に、麻由美が訊いてきた。
「お父さん?」
「はい。お父さんのこと、好きですか?」
奈那子は麻由美を見つめて、「好きですよ」と答えた。
「だって家族ですし、親ですし……」
「嫌いって思ったことはありますか?」
さらに麻由美が聞いてきた。
奈那子はすぐに「ないですよ」と答えた。
「両親は私のことを、本当に大事に育ててくれました。いつも感謝していますよ」
奈那子がいうと、麻由美は「そうね」と寂しそうにいった。
「そうですよね。親は……、……大事にしてくれますよね」
独り言のように呟くと、麻由美は「ごめんなさい」と謝った。
「どうして謝るんですか」
奈那子がいうと
「だって、私には……」
寂しいというより、諦めたようにいった。
奈那子は、はっとした。
麻由美には母親がいないのだ。
事故で亡くなったのだ。
その時麻由美も一緒だったが、母親が庇ってくれたおかげで死なずに済んだ。
きっと、そのことをいっているのだと奈那子は思った。
「麻由美様、そんなに落ち込まないでください」
励ますように優しくいうと、麻由美の表情が明るくなった。
「そうだ。奈那子さんのお名前、お父さんが付けたんですか?」
思い出したように、また麻由美が訊いてきた。
奈那子は「そうですよ」と答えた。
「父が、女の子が産まれたら絶対ナナコって名前にしなさいっていったんです。どうしてナナコなのかは、わからないんですけどね」
そして「漢字は母が考えてくれました」と付け加えた。
麻由美は黙り、ゆっくりと瞬きをした。
「私も、お父様に名前を付けてもらいました。奈那子さんと同じように、女の子はマユミって名前にしろって」
奈那子は何も答えず、麻由美を見返した。
「漢字もお父様が付けました」
麻由美はどこか遠くを見るような目で、ふっと小さく笑った。
「……あんまり、気に入ってないんです。麻由美って」
「そうなんですか」
「はい。だって、どういう意味で付けたのか、教えてくれないから」
そして「ごめんなさい。お掃除の邪魔をして」といって、頭を下げた。
「そんなことありません」
そういいながら、奈那子は少しほっとしていた。
奈那子は麻由美が父親が好きではないことを知っている。
本人から聞いたことはないが、たぶんそうだ。
もし雪男の名前を出したら、麻由美に失礼なことをしてしまう。
これ以上会話を続ける自信がなかった。




