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「麻由美様、食事の用意ができました」
奈那子の丁寧な言葉が聞こえて、麻由美は気持ちが暗くなった。
きた、と思った。
またあの男と、顔を合わせなくてはいけないのか……。
「麻由美様」
もう一度声が聞こえ、麻由美は仕方なくドアの隙間を少し開けて小声でいった。
「ごめんなさい。あの、まだお腹が空いていないので」
嘘だった。
お腹はぐうぐう鳴っていた。
しかしあの男と一緒にいたくないのだ。
「わかりました。厨房に伝えておきます」
「すみません。迷惑をかけて」
「いいえ」
「ごめんなさい」
そういって、ドアを閉めた。
麻由美の父親の鳥居雪男は資産家の息子だ。
雪男は一人娘の麻由美を溺愛していた。
麻由美はそれが嫌だった。
汚らしい、にやにや顔。タバコの臭い。自慢話。
雪男がいるだけで部屋中が酒の臭いで充満する。
食事はいつもやってきて、「今日はあんまりご飯食べないんだねえ」とタバコの臭いがする声をかけてくる。
麻由美が成長して、可愛くなって、美しくなって、魅力的になるのを、じろじろと見てくる。
たぶん今日も「ご飯、おいしいかい?」と話しかけてくるはずだ。
もし自分が、平凡で、ありきたりで、ぱっとしない顔だったら、雪男は話しかけてこないだろう。
平凡が一番だ、と思っていた。
麻由美は食堂に行くことにした。
もうだめだ。朝ご飯から何も食べていない。
雪男が来ないように……と祈った。
ゆっくり廊下を歩いていると「あっ、麻由美様」と奈那子が駆け寄ってきた。
「食事でしょうか」
麻由美は奈那子の言葉を無視して、訊いた。
「あの、今日も……ですか」
麻由美がそれだけいうと、奈那子は困った顔になった。
「ご主人様のお願いですから、私にはどうすることもできません……」
申し訳なさそうに、奈那子は答えた。
「わかりました」
奈那子は何も悪くないが、冷たい言葉でいった。
そして無表情のまま歩いて行った。




