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夏休みに入り、暑い日が続いた。
清司の部屋にはクーラーがあったが、栄一の部屋には扇風機しか置かれていなかった。
別に気にはしなかった。
施設にいる時も夏は扇風機だけだったから、もう慣れっこだ。
家にいてもただ暑いだけだ。栄一は「あさがお園」に行ってみることにした。
栄一と清司は中学三年に上がり、15歳になっていた。
栄一が北原家にやってきたのは六歳の時だ。もう九年も経ったのだ。
あさがお園には、いまも施設に親のいない子どもたちがいるのだろうか。
栄一は「あさがお園」でいろいろなことを学んだ。
赤ん坊の時から六歳になるまで、栄一はそこで育った。
もう実家みたいなものだ。
歩けるようになったのも、話せるようになったのも、全て「あさがお園」なのだ。
九年ぶりの街は、新しい建物が出来たり古い建物が無くなったりしていて、栄一は迷いながら「あさがお園」を探した。
栄一の面倒をよく見てくれた、ボランティアの石川すみれも元気にしてるだろうか。
栄一が北原家に行くことを知って、すみれは大泣きした。
嬉しいのか寂しいのかはわからなかった。
あの時21歳だったから、いまちょうど三十路だな、と栄一は思った。
「あさがお園」の隣には「あさがお花公園」という大きな公園があり、栄一や施設の子どもたちはたくさんの花を育てた。
種を蒔き、水をやり、花公園にはたくさんの花が所狭しと咲いていた。
15歳になった栄一が見た花公園は、花の代わりに雑草が所狭しと生えていた。
土も汚くて、ゴミが散乱している。
栄一の育った「あさがお園」は汚い空き地に変わっていた。
建物は壊され、ゴミ袋と乗り捨てられた自転車と折りたたまれて捨てられたダンボールと空き缶が置いてあった。
「あさがお園」というプレートは消え、「ゴミ捨て場」という汚らしい文字が書いてあった。
もう育った場所も無くなったのだ。
「あさがお園」で過ごした栄一の過去は、ゴミに埋もれた。
悲しくはなかった。
もう何かを失うのは慣れっこだ。
嫌な慣れっこだな、と栄一は小さく笑った。
しかし一つだけ変わっていないものがあった。
蝉だ。
元気よく鳴いている。
栄一はよく蝉の抜け殻を集めていた。
もう全て捨ててしまったが。
その殻には、たくさんの小さな幸せが詰まっていた。
栄一は、その小さな幸せを捨てたのだ。
蝉は、殻の中から出てくると、すぐに死んでしまう。
そして「うるさい」と嫌われる。
だったら、殻の中でじっとしているのがいい。
栄一は帰ることにした。
もう二度と、ここには来ないと思った。




