12
学校が終わり栄一が玄関で靴を履き替えていると、知らない男子が声をかけてきた。
「ちょっと来い」
低い声でいった。なぜか笑っているように見えた。
誰もいない裏庭に行くと、男子は「俺は本多結基だ」と名乗った。
そこで栄一は、ああ、と気付いた。
確か成績表で自分の下に書いてある名前だ。
「何だよ、こんなところに呼んで」
栄一がいうと、結基はにやりと笑いながら話し始めた。
「お前、養子なんだって?」
栄一は、はっとした。体が石のように固まった。
一瞬、時が止まったような気がした。
そして疑問が現れ、じわじわと大きくなる。
どうしてこの男が栄一が養子だと知っているのだ。
栄一は入学する前に、学校側に自分が養子だということをクラスメイトに教えないでくれといった。
だからクラスメイトたちが栄一が養子だということを知らないはずなのだが。
それに本多結基は違うクラスだ。
「どうしたんだ?」
結基が訊いてきたが、栄一は何も答えられない。
誰が栄一が養子だと教えたのか。
栄一が養子だということを知っているのは、学校側の人間、そして
………清司…………
清司には「養子だということをいわないでくれ」といっていなかった。
清司は栄一のことを兄弟だといっていた。
「兄弟だよね」と……。確かにそういっていた。しつこいほどいわれた。
入学式の時も、栄一が楽しいことを話すのを断った時も、そういっていた。
しかし忘れていなかったのだ。
自分は名外科医の一人息子、栄一は北原家の養子。
すっかり忘れているんだと、勘違いしていた。
栄一が黙っていると、結基は栄一の襟をつかんだ。
「いいか、よく聞け」
じっと栄一の目を見つめて、結基は話し出した。
「二週間後にテストがあるだろ。あれ、白紙で出せ」
「えっ」
「名前だけ書いて出すんだ。一問も答えちゃだめだ。もしそうしなかったら、お前が養子だっていうこと、みんなにいうからな」
栄一の目の前がぐらりと歪んだ。
動揺していた。体が震えているのが、自分でもわかった。
「何で俺がお前のいうこと聞かなきゃいけないんだ」
結基は何もいわなかった。
栄一は体が震えているのを必死に抑えながら、続けた。
「養子だから何だっていうんだよ。俺は好きで養子になったんじゃない。お前だって、ある日突然親が死んだりするかもしれないだろ。そうしたらお前も養子になるんだぞ。だいたいお前は何もしてないじゃないか。親の七光りだけで生きてるだけだろ」
一気に捲くし立てた。最後の方は、清司にも聞かせたい言葉だった。
栄一がいうと結基は何も答えず、くるりと後ろを向いた。
その時、結基が「ん?」と何かに気付いた。
「何この汚い紐」
あのピンク色の紐だ。
ボロボロにほつれている。
「何でこんなもの巻いてるんだ?」
そして触ろうとした。
「触るな!」
栄一は腕を引いた。
結基は栄一の顔をにやりと見つめ、笑いながらいった。
「もしかして家族の形見とか?へえ、こんな汚い紐が形見とはね。そんなもの持ってたって、家族は戻ってこないんだぜ。さっさと捨てちゃえよ」
栄一は何もいわず、睨んだ。
これが栄一にとってどういうものなのか、こいつは知らないのだ。
「じゃ、そういうことだから」
そういってさっさと歩いて行った。




