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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

真夏のコタツは彼女をつくる猟奇的な方法の来訪者

作者: kikiakiakia




 まだ僕が幼かった頃、とある冬。

 僕は「コタツ様」を崇拝していた。


 つまり炬燵こたつを神様に見立てるごっこ遊びをしていた。

 お供えをしたり、その周囲で踊ったり、真摯しんしな祈りを捧げたりするのである。


 今思えば奇矯ききょうな遊びだが、幼稚園児だった僕のそれは真剣な遊びだった。

 僕が声に出して「コタツ様」と言い始めた時、両親がその遊びを気味悪がって、唐突にコタツ様ごっこは終わった。

 

 炬燵は母親の実家に送られ、我が家のリビングにはホットカーペットが敷かれた。

 至極当たり前のことだ。 

 きっと両親にはひどく心配をかけたのではないだろうか。

 僕は「コタツ様」を失って、幼心にしばらく落ち込んだ。


 今でも不思議に思うことがある。

 それはあの時炬燵の中にいれてしまった「お供え物」の行方だ。

 幼稚園児だった僕は、祖母や近所の人から、いつも心づくしのおやつをもらっていた。

 そしてそれを惜しげもなくコタツ様に捧げていた。

 ようは布団の中に入れ込んでそのままにしていたのである。


 両親からは一度もそのことで怒られたことはない。

 もちろん片付けてくれていたのだろうけれど。


 そんな忘却の彼方にあった記憶が、突然鮮明になった理由は、祖母の死だった。

 僕はとっくに実家を出て独立していたが、祖母の死によって、母親の実家に行くことになったのだ。


 通夜や葬式が終われば、あとは祖母の家の片付けだった。

 父が次の日どうしても仕事を休めないというので、僕は母と一緒にこの炎天下の中、祖母の遺品整理を始めた。

 そんな折、あの「コタツ様」が出てきたのだ。

 母は「例の物」とは気がついていないようだった。

 

 何故か僕は興奮した。母に悟られないように、と思いながら、暑さとは違う汗を手にかいていた。

 心配をかけてはいけないと思い、その夜の内に一人で古い炬燵を自分の車に運びこむ。

 ガラクタの一つや二つ、なくなっても誰も気にしやしない。

 

 祖母の遺品は膨大な量であり、次の日、母はすぐに根をあげた。

 仕方ない。この暑さだ。

 残りは業者に丸投げするという。

 ダンプカーで来てもらい、根こそぎゴミ扱いでひきとってもらうのだと。


 それなら、と僕はいそいそと自分の家に帰ることにして、母に別れを告げた。

 我ながらその声は上ずっていて怪しかったが、母は何も言わなかった。

 あまり実家に帰りたがるそぶりもみせたことがなかったので、なんとも思わなかったのかもしれない。


 僕の今の家は1DKの小さなアパートで、大学生のころからもう八年も住んでる物件だ。

 家賃も安く、職場にも近いここを、僕は気にいっていた。

 忌引きで四日も家を空けた。この暑さで空気もこもっているだろう。

 車から降ろした「コタツ様」を両手で抱えて部屋に入る。案の定アパートの中は暑い。


 奥の部屋の窓を開け放ち、エアコンはかけたが、渇きを訴える喉は無視して炬燵をセットする。

 ちゃっかりと当時の炬燵布団も持って帰ってきた。無地のくすんだ赤色が懐かしい。

 女性なら、布団を日干しするかもしれないが、僕にはそんな時間も気遣いも惜しかった。


 真夏の今、部屋の中央にやって来た炬燵は異様で、けれども僕は高揚感を覚えていた。

 さすがにこの暑さの中、のこのこと布団に入る気にはなれず、正面に正座して、幼い頃を思い出す。

 幼稚園児だった頃の僕は何を願って祈ったのだったか。 

 

 と、その時、物思いにふける僕を、来訪者を告げるチャイムが驚かせる。

 今時分に誰だろう、時計をみれば夜の11時だ。

 こんな時間に来る人間は一人しか思い浮かばない。

 僕は舌打ちをした。


 居留守を使おうにも玄関側の明かりはすべて点いている。

 仕方なくのろのろと腰を浮かせて、炬燵のある部屋を離れ、玄関を開けに行く。

 はたして、立っていたのは理恵だった。

 

「ずっとどこにいたの。携帯の電源も落として」


 開口一番その口は僕をとがめた。

 あがっていい?とも聞かずに部屋に入り込んでくる。

 以前はこの気さくなところが好ましかった。

 今ではただうとましい。

 

「葬式で実家に帰ってた」

 

 正直に答えながら、僕はどうすれば理恵が早く帰るだろうか、と考える。

 今は彼女の相手をしている場合ではないのに。

 だがどうもこの返答は彼女の気にさわったようだった。


「どうして連れて行ってくれなかったの? 私、ご両親に会うチャンスを逃したんじゃない」


 以前にも、理恵には、僕の両親とそりが合わないと思う、と伝えたはずだ。

 それは僕なりの線引きのつもりだったのだが。

 これ以上、関係を深めるつもりはない、という意味で。


 付き合い始めは、葬式を「チャンス」だなんて言う女ではなかった。


 何も言わない僕を尻目に、理恵はそうと悟られないように部屋を物色している。

 浮気の痕跡でも探しているのか。

 ハゲタカのような彼女の目は当然奥の部屋の炬燵を見つけた。


 何しろ二十年も前の代物だ。しかも今は真夏だ。

 汚いだの異常だの言うだろうかと思えば、意外にも彼女はふらふらと炬燵のそばに座りこむ。


「なんだか懐かしい感じだね」


 女性という生き物は返答や相槌がなくとも会話を続ける。

 とはいうものの、炬燵に対して否定的に出られなかったことに、僕は安堵あんどした。

 自分の中に、かつては抱いていた彼女への好意が、かけらなりとも残っていることも発見する。


「なにか、飲むか?」


 確か冷蔵庫にビールが残っていたはずだ。

 彼女と炬燵に背を向けて、つまみになるものも探した。

 とにかく喉が渇いていたのだ。

 

 理恵からはなにもいらえはなく、不意に、いつも開け放している奥の部屋への扉が閉まった。

 バタンという音に驚き振り返る。

 ごそごそとした動きと衣擦きぬずれの気配が扉の向こうでした。


 服を脱いでいるのだろうか。

 今日はとてもそんな気分にはなれないのだが。

 理恵は僕の前や明るいところでは服を脱がない。

 下着だけになってベッドにでも入るつもりか。


 ごそごそとした動きが次第にどすんばたんという音に変わり、

 なにかに押さえつけられたようなくぐもった悲鳴が聞こえるまで、僕はビール片手にぼんやりしていた。

 着替えの最中に扉を開けて、怒鳴られるのは嫌だったからだ。

 しかし、ただならぬ気配に、心配になって声をかける。

 

「おい、なにしてんだ」


 扉の向こうで、僕の声に応えたのは、バキッとかグシャリというやはりくぐもった異音だった。

 背筋の凍るような気持ちの悪い音だ。

 続いてぴちゃぴちゃと液体がすすられる音。ずるずると何かが引きずられている音。


 何かが起こっている。

 当然扉を開けるべきところを、

 ──僕は後退あとずさりした。

 そのままシンクにもたれかかり、しゃがみこむ。


 異音はしばらく続き、やがて途絶えた。

 静まり返った部屋。

 エアコンは向こうにしかないので、僕のいるキッチンはどんどん気温を上げていく。

 僕は動かなかった。いや動けなかった。

 体中の力が抜けて立ち上がれない。

 

 理恵がなんでこちらに声をかけないのか考えたくない。

 奥の部屋で何が起こったのか知りたくない。

 

 

 そのまま、まんじりともせず夜が明けた。

 朝の光を浴びるまで、僕の体は軟体動物のように力なく、立ち上がることが不可能だったのだ。


 僕はそれでもまだ、奥の部屋から何事もなかったように理恵が出てくることを期待していた。

 腑抜けた僕を見下ろして、「私がいないとなにもできないのね」

 と不遜ふそんに言い放ってくれるのを待っていた。


 六時が過ぎ、七時になったものの理恵はでてこない。

 お互い社会人であり、勤めがある。

 僕は長時間座り込んでいたせいで、すっかり固まった体をだましだまし立ち上がった。

 

 日の光を浴びたことで、恐怖はだいぶ薄れていた。

 勇気を振り絞って、奥の部屋への扉に手をかける。

 確認しなければなにが起きたのかなんてわからないのだ。

 理恵がなにかふざけただけかもしれない。


 注意深く扉を開く。

 部屋は昨夜のままだった。


 理恵がそこにいないということをのぞけば。


 エアコンがついているのに、空気を入れ替えようと開け放った窓はそのまま。

 ベッドには乱れもない。

 

 中央には炬燵。


 昨夜のすさまじい異音の痕跡はない。

 ここは三階で押入れもない部屋だ。

 隠れることが出来るのは炬燵ぐらいのものだった。


 怖々と炬燵布団に手をかけてめくる。

 

 中は空っぽだった。


 僕は開けっ放しだった窓に向かい、外を確認する。アパートの周りには植え込みすらない。

 窓のすぐ下はなんのへんてつもない市道だ。

 音を立てないように窓を閉める。


 混乱しはじめた僕は、そもそも理恵は来たのか?という疑問を抱き始めた。

 夢でも見たのではなかろうか、と。

 もちろん眠った記憶はなかったが。

 キッチンにも寝室にしている部屋にも、理恵のいた名残はない。

 風呂にもトイレにもしばらく使われた様子はない。


 しばらく僕は放心していた。

 

 しかし、ぼんやりしてしまった僕を、普段からセットしている目覚まし時計が現実の時間へと連れ戻す。

 僕はぎくしゃくと会社に行く準備を始めた。

 よくわからないことを考え続けても仕方がない。

 だが、靴を履こうとしてやっと理恵のいた形跡を見つける。

 

 それは花模様のパンプスだった。





 仕事には集中できなかった。

 理恵の行方がわからない。

 靴を置いて出ていくはずなんてない。女性はハンドバッグを持っているものではないか。

 折をみては携帯に電話するが、理恵から応答はない。


 身の入らない仕事を終えた僕は、一人ではついぞ行ったこともない居酒屋に出かけた。

 家にはとてもではないが帰れない。


 カウンター席でひたすら安いウイスキーをあおる。

 にぎやかなここには、一人で酒を飲む人間なんていない。しかし他人のことなど構っている余裕は僕になかった。

 携帯電話を何度も確認し、理恵に電話をかける。

「おかけになった電話は現在電源が入っていないか──」

 何度も何度も同じメッセージを繰り返す安っぽい機械を、へし折りたくなる衝動にかられながら、自分だって電話に出なかったのだと言い聞かせだます。

 

 学生時分以来、こんなに飲んだくれたことのなかった僕は、隣に腰掛けた人間に肩をゆすられるまで、呼びかけられたことにも気がつかなかった。


「お兄さん、一緒に飲もう?」


 二人連れの女性は僕に負けず劣らず酔っているようだ。

 特に僕に話しかけてきた女性の顔色は、化粧を透かして酒気を放っている。

 その後ろにいる女性も好奇心を隠せない様子でこちらを伺っていた。

 どうにでもなればいい。

 酔いと怯えに正常心が振り切れていた僕は、簡単にその誘いに乗った。



 見知らぬ場所を二度梯子したところまでは覚えていた。

 次に正気にもどったのは自分の部屋の玄関前であり、僕の真横に女性が一人うずくまっている。

 最初の居酒屋で話しかけてきた女性だ。

 時計を見れば1時。


「はやく。トイレに行きたい」


 うずくまった女性が声を出す。

 何故帰ってきたのだろう。しかも見知らぬ人を連れて。


 あまりにも酔いは深く、考えつづけることが出来ない。 

 僕はのろのろとポケットから鍵を出し、部屋の扉を開け放った。


 見知らぬ女性はかまわず僕の横をすり抜け上がりこみ、バスルームに直行する。

 よく初めてきた部屋のトイレの場所が暗闇の中わかるものだ。


 遅れて自分の部屋に入った僕は、明かりをつけた。

 否が応にも奥の部屋の炬燵が目にはいる。

 続き部屋へのドアは開けっぱなしだった。

 理恵が家にいる様子はない。


 しかし目を落とせば、彼女の靴はまだそこにあるのだった。


 なにも考えたくない。理恵の居場所も。名も知らない女のことも。

 あまりにも僕の酔いは深く、足取りはおぼつかない。

 奥の部屋までようやくたどり行くと、ベッドへと転がり込む。

 深い、奈落に落ちていくような感覚と共に眠りが僕に訪れた。





 寝ているすぐそばに体温を感じて目を覚ませば、夜は明けていた。

 エアコンはひどく温度が下げられていて、寒いくらいだ。

 スイッチを入れた覚えはない。

 狭苦しいベッドに闖入者がいる。

 後姿からも女性とわかるが、理恵ではない。


 まだ重たいまぶたをこすりながら寝床を抜け出す。

 距離をとって正体不明の女性を眺め、昨夜のことを思い出す。

 帰らなかったのか。


 見知らぬ人間が家にいるというストレスよりも、この部屋で一人目覚めることがなくてよかった、という安堵が勝った。

 自然と起き出すのを待ってもいい。

 シャワーでも浴びよう、とベッドに背を向ける。

 その僕の背に声がかかった。


「どこいくの?」


 酒で喉がかれたのか、えらくハスキーな声だ。

 二十歳前後の外見にそぐわぬ声にぞくりとする。


「風呂に──。寝ててもいいよ、まだ五時過ぎなんだ。昨日晩はこっちが迷惑かけたんじゃないかな」


 上半身を起こした彼女に視線を合わせて、無害であることをアピールする。

 八時の出勤までいっそ部屋にいてもらってもいい。


「そんなことない、あたしこそゴメン。あがりこんじゃって」


 女性の、途方にくれたような表情は、やがて訝しげなものにとってかわった。

 

「コタツ?」


 昨晩は気がつかなかったのだろうか。

 彼女の視線の先には古ぼけた炬燵が鎮座している。

 あれこれ説明するのは面倒だ。どうせこの場限りの人間同士なのだし。


「不精でね。出しっぱなしなんだ」


 返答は聞かずに部屋を出る。

 部屋と部屋を仕切る扉は開け放っておいた。

 わざわざストッパーまでかける。

 信じてもいないのに、超常現象を疑っているのだ。

 ばかばかしい。


 女性は僕の後を追って部屋から出てきた。

 

「もう電車も動いてるから帰る。一番近い駅教えて?」


 彼女にしてみれば当たり前のことだ。

 車で送ろう、と申し出ようかと一瞬迷う。

 だが気だるさがその言葉を打ち消した。

 最寄の駅までの道を教えると、女性は元気よく頷く。土地勘のある場所だったようだ。


「ありがとう。ご迷惑をおかけしました」


 金色近くまで染めた髪と派手な爪の外見にふさわしくない、行儀のいい言葉を、何故かまぶしく思いながら、玄関まで見送る。

 僕と女性の視線は自然と理恵のパンプスの上を彷徨った。

 一瞬の沈黙の後、女性は余計なことには触れぬと決めたのだろう。

 もう一度会釈をして軽やかに外の世界に出て行った。


 後に残される僕と理恵の靴。

 

 それはどうしても、僕にこれからのことを考えさせる。

 成人女性が一人行方が知れなくなったのだ。

 警察になりなんなり行くべきなのかもしれない。

 しかし、現状はどうだろう。

 靴だけがここにある。


 行方不明女性の影にその恋人が、そんな週刊誌の見出しが容易に想像できた。

 疑われないはずがない。

 部屋にいたはずなのに消えた、だなんて僕なら信じない。




 

 ゴトン、と重たげな音をさせて理恵の靴はコンビニにそなえつけられたゴミ箱の中へと消えた。

 これで僕の部屋に理恵がいた名残はなくなった。

 そのまま会社への道をたどる。

 何事もなかったかのように。


 腑抜けた昨日を挽回するべく仕事をこなす。

 暑さにだれた同僚とのたわいもないやりとり。

 携帯電話が震えないことには、ことさら気をやらないことにする。

 あんなに怯えた昨夜が嘘のようだ。

 僕はたやすく日常を取り戻した。

 ただ靴を捨てることで。


 滞りなく仕事を終えて帰途に着く。

 一人で部屋に帰ることには少し躊躇ためらいがあった。

 だが、僕がもし、理恵の後を辿たどり、あの部屋で姿を消したところでなんの支障があるのだろう。

 そのことに気がついた僕は家に帰ることにしたのだ。



 躊躇いは杞憂だった。


 一週間たつ今も僕にはなにも起こらない。

 昨日は理恵の友人らしき女性から会社を通じて電話があった。

 しばらく理恵の姿はみていない、と言うと彼女は力なく、何かあれば連絡をと、そのまま引いた。

 多分、僕と理恵のことに詳しくはないのだろう。


 何気ない毎日がこのまま続いていくのだと思われたある日の夜、アパートの入り口に非日常が出現した。

 一晩を共にすごしたあの女性が、仕事帰りの僕を待っていたのだ。

 何も言わずに立ち尽くす僕に、はにかんだように微笑みかけながら彼女は言った。

 

「遅くなったんだけど、この前のお詫びに」


 なにやらいい匂いのする包みは焼き鳥か。手に持ったシックスパックのビールと共に軽く持ち上げられたそれは食欲をそそる香りを振りまく。

 

「お邪魔してもいいかな?」


 魅力的な外見と若さが男の気をひくことを知っていて、断られるかもしれない、とは考えていないんだろうな、と漠然と思う。

 実際のところ僕は彼女を招きいれたのだから。

 



 そのままずるずると関係を持ってからは、彼女「麻衣まい」はちょくちょく部屋に遊びに来るようになった。

 

 七歳も年上の男のどこが気に入ったのか。

 しかし大学生の麻衣と僕では、麻衣が一方的に僕の生活時間に合わせることになる。

 はなから共通の話題があるわけでもなく、お互いの素性も知らない間柄では良好な関係など築けるはずもなく。

 彼女が不満を募らせていくのは目に見えるようだった。


 今夜もまた麻衣は部屋に居る。炬燵の側に座り、ふてくされたようにうつむいて携帯をいじっている。

 一緒に外食に行きたいという麻衣を、僕は持ち帰った仕事があるからと断ったのだ。

 

 煩わしい。

 けれども、自ら彼女を招き入れたという負い目から、彼女を追い出すことができない。

 僕は少し前から考えていたことを実行に移すかどうか迷っていた。

 

「あたしのこと好きじゃないんだ」


 ぽつりと彼女が漏らした言葉が、静かな部屋に落ちる。

 

「そんなことないよ」


 少し間を置いて返しながら僕の心は決まった。


「今日はごめんな、おわびに僕が夕飯作ってあげるよ。ちょっと待ってて」


 麻衣は僕の台詞に驚き、そして満面に笑顔を浮かべて言った。

 

「料理できるの?すっごーい」


 機嫌をなおしたようだ。

 その笑顔を綺麗だな、とは認識できる。だが必要なものかと問われれば──。


「あんまり手際はよくないからね、作ってるとこみるなよ」


 僕はそういいながら仕事用に持ち帰ったノートパソコンを閉じキッチンへと立ち上がった。

 いつも開け放している部屋と部屋を仕切っている扉に手をかけ閉めようとする。

 麻衣は少し不思議そうに言った。


「そこのドア閉めちゃうと、台所暑いよ?」


 うん。そうだね。やさしいいい子だ。逡巡を覚えながらも僕は返す。


「こっちの部屋に料理の匂いが移るのは嫌なんだ」


 本当のことでもある。

 僕は、麻衣が炬燵の側に座っていることを確認しながら、扉を閉めた。

 さようなら、くらいは言うべきだったろうか。



 わざと乱暴に音をたてながら準備を始める。

 まな板を無造作にシンクに置き、フライパンを仕舞っている場所を開閉した。

 そんな生活音にまじって、ドン、と床に重いものを打ちつける音が向こうの部屋でする。


 ──っ! 


 麻衣に名前を呼ばれたようだ。

 僕はかまわず鼻歌を歌いはじめた。


 実を言えば、このところ、「早く何かを捧げなくては」という焦燥感に捉われていた。

 これでしばらく開放されるだろう。

 ガタガタと大きな生き物が暴れる音が隣の部屋から聞こえる。

 隣人が留守だといいのだが。


 二人分用意する必要はなくなったな、と気がついて、材料を調節する。

 バキリ、グシャり、と凄惨な騒音がするのに合せて包丁を使う。

 

 

 

 料理の仕上がる頃、扉の向こうは静かになっていた。





 僕は出勤間際に麻衣の靴を眺めた。

 ビーズのたくさんついた皮のサンダルはまだ新しい。

 

 二度目ともなると躊躇ちゅうちょもない。

 中身が透けないビニール袋にそれをいれる。


 外は暑い。

 同じコンビには避けようかなと、ぼんやり考えながら施錠する。

 安っぽい玄関の扉を眺めながら、しかしこれは僕の神殿なのだと誇らしく思う。

 神の安置された僕だけの神殿。


 そして僕は祭司なのだと。

 

 


 


416 名前: この名無しがすごい! [sage] 投稿日: 2011/07/14(木) 17:42:37.75 ID:4eis0xzL

お題「夏の来訪者」とかどうよ


417 名前: この名無しがすごい! [sage] 投稿日: 2011/07/14(木) 18:04:29.40 ID:b9xBc0iu

「真夏のコタツ」

が良いよ


418 名前: この名無しがすごい! [sage] 投稿日: 2011/07/14(木) 18:19:12.23 ID:SyHiTCIQ

夏だ!ホラーだ!

「彼女をつくる猟奇的な方法」


419 名前: この名無しがすごい! [sage] 投稿日: 2011/07/14(木) 18:23:41.44 ID:vJ1m/50b

もう全部混ぜて


「真夏のコタツは彼女をつくる猟奇的な方法の来訪者」


でいいよ




-----------------------------------



全部混ぜはお題としては採用されませんでしたが。

この流れが面白かったので。


お題スレでは「真夏の炬燵」が採用されました。

ttp://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1311071926/




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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。 何というか……、登場人物に人間味があるのに、猟奇的……いや、人間味があるから猟奇的な作品でした。 ストーリーの流れもしっかりしていて、サラサラ読めましたし 『音』の描写だ…
[一言] 何というか凄い面白かったの一言に尽きる。 新着に並んだタイトルの中でも異彩を放っていただけある、と感心すらした。 どっかのコピペか、と疑ってもいいレベルに完成した作品であった。 読了後の何と…
[一言] 恐怖と狂気の渾然となった素晴らしいホラーでした…… 支離滅裂なお題をここまで料理し切る腕前にも脱帽です。 ……いや、本当に怖かった。
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