第六話 事件と事件
ぼくたちは、東京を満喫していた。
初めてみる大都会。テレビに出ていた町。どれくらいいるのかわからないほどの人たち。
駅前にいるパフォーマー、見たこともない珍しい店。
見るものすべてが珍しかった。
午後一時。
ぼくたちは竹下通りの中にあるハンバーガーショップで、これからの計画を立てていた。
「つぎは、あそこで服買ってあのお店に行って…」
「まだいくのかよ……」うんざりした顔のぼくに、
「いいでしょ、せっかく来たんだから」ハルが口をとがらせる。
「荷物を持つのがぼくじゃなければ」できるだけ嫌そうな声で、いってやる。
実際、さっきまではすごい荷物を抱えていた。
かわいい服だのぬいぐるみだの見つけるたびに買おうとするのはいいとして、それを全部ぼくが持たされるから、重くってしょうがない。
さっき嫌がるハルを説得して宅急便で送らなきゃ、どうなったことやら。
「それよりさ」
ハルがしゃべろうとするのを止めて、話を切り出す。
「ちょっとよそへいった方がいいかもしれない」
「どうして?」ちょっと頬を膨らせて、ハルが言う。
「来る前の予定表だと、だいたいこの時間にこの町に来ることになってるんだ。そこで見張られてたら、またつかまっちゃうよ?」
「だいじょうぶだよ。追っ手の人はまいちゃったんだし」
「だからこそ、逆にそこで見張ってるかもしれないじゃない。手がかりはそれだけしかないんだし」
「しゅーちゃん、心配しすぎ!」
「ハルが心配しなさすぎなんだよ!」
「だってそれじゃ、ちっともおもしろくないもん」
「おもしろいとかじゃなくてさ。捕まっちゃったら、もう遊べないんだよ?」
「い・や!」頑固にハルは首を振る。
いい出したら聞かないのはわかってるけど、こんな時ぐらい素直に聞いてくれたっていいのに!
「嫌なのはこっちだぞ。ハルと一緒に捕まりたくなんかないし」
「しゅーちゃんこそ、びくびくしすぎ!そんなんじゃ、ばれないものもばれるよ!」
「ハルは考えなさすぎだ!もうちょっと注意したらどうなんだ!」
だんだんと、声が荒くなっていくのがわかる。
「だったら、わたしだけでいくもん!」
「かってにしろ!」
もう我慢できない。トレーをひっつかんで、出口へと歩き出す。
店を出て、ぼくは駅へと歩き出した。ハルはそれを見て、顔を背けて反対側へとあるき出す。
一度振り返って、ハルと目があって。
「ふん!」
またお互いに顔を背けた。
足音が、いつもよりずっと大きい。
そこにハルがいるかのように、道路を踏みつけながら歩く。
ハルのばか。
ハルのあほ。
あんなわからずや、どうなったって知るもんか。
だいたいあんなわがままなやつ、一緒にいるだけで疲れるよ。
いなくなってせいせいした。
ハルのことなんか忘れて、一人でのびのび遊ぼう。
うん、それがいい。
自分に言い聞かせるように、頭のなかで繰り返す。
ふと立ち止まって、辺りを見回す。
知らない町。
知らない人たち。
あいかわらずの、見たことのない風景。
でも、どきどきしない。おもしろくない。
ただ不安になって、いらいらするだけ。
こんな知らないところに、一人でほうりだされて。
あたりには頼れる人は誰もいなくて。
(……ハル、どうしてるかな)
気が付けば、そんなことを考えている。
(いいや。あんな奴の事なんて、もうどうだっていいじゃないか)
そう思って、その考えを振り払う。
けれど気が付くと、またハルの歩いていった方向を見ている。
(ハル、迷子になってないかな)
(だいじょうぶかなあ)
(あいつ、おっちょこちょいだからなあ。泣いてなきゃいいけど)
そして思い出す。
ハルが、ここに行こうと誘ってくれたこと。
ハルとだから、行こうと思ったこと。
ハルと一緒だから、ここまでの無茶ができたこと。
やっぱり、ハルと一緒じゃなきゃだめだ。
もと来たほうにきびすをかえす。
ハルに会おう。会って、あやまって、また一緒に歩こう。
そう思って、足を踏み出したとき……
携帯が鳴り響いた。
番号を見る。ハルからだ。
急いで電話を取る。
「ハル、さっきは……」ごめん、といいかけたところで、
「しゅーちゃん、助けて!」
ハルが叫ぶのが聞こえた。
「どうした?迷子にでもなったの?」
「ちがうよ!」
真剣な声。本当に、助けてほしいときの声。ふざけているようには聞こえない。
「どうしたの?」
「なんか、変な人に追っかけられてて……」
「変な人?」
「うん。なんかすごく怖そうな人たちが……」
ハルの息が荒い。たぶん、追っかけられて逃げている最中なんだろう。
「今どこにいるか、わかる?」
「さっき通ったビルがあるじゃない。あのビルから奥に入って少しいったところ!」
「わかった!」
電話を切って、走り出す。
だから言ったじゃないか、追っ手がいるから危ないって!
でも、電話の向こうのハルにそれを言う気にはなれなかった。
まずはあいつを見つけて、助けてやらないと。
「ハルが一緒じゃないと、つまんないからな」
言い訳するように独り言を言う。
人ごみをかき分けて、ハルのいる方向へ。
なんだか少しほっとした感じがするのは、たぶん気のせいだろう。
ハルは、しばらくして見つかった。
住宅街の間の、小さな裏路地。にぎやかな町から一歩入っただけなのに、どこにも人の気配がしない。
そこの、小さな植え込みの陰。
ハルが、何人かの男に囲まれていた。
髪を金に染めた男、赤に染めた男。それだけなら原宿には珍しくもないけど、彼らの雰囲気は、それとは全く違っていた。
(怖い……)
近寄るだけで、体かすくんでしまいそうな雰囲気。
「しゅーちゃん!」
ハルの叫び声で、向こうも気づいたらしい。
ぼくの方に、目を向ける。
その目を見たとたん、背筋が寒くなった。
違う。
こいつらは追っ手じゃない。
もっと嫌な感じがする。
けれど、ここで逃げるわけにはいかない。
ハルを助けないと。
三人の様子をみる。一番右の男をなんとかすれば、とりあえずハルは逃げられるだろう。
そう計算して、右の男に突っ込んでいく。
「ハルをいじめるなっ!」
そのとき、ハルを取り囲んでいた男達が、にやりとわらった。
まるで、獲物をとらえたときのような、嫌な笑いだ。
……そういえば、どうしてハルはいままで無事に電話ができたんだ?
こんな状況なら、ハルなんか簡単に捕まえられるはずなのに。
どうして、ぼくがここにたどり着くまで、携帯で話ができたんだ?
あんなもの、すぐに取り上げてしまえるのに?
ぼくが来るまでほおっておいたのは……
ぼくを、おびき寄せた?
「しまっ……」
気づいたときには、遅かった。
首筋に衝撃が走った。
目の前が真っ暗になる。
ぼくが覚えているのは、そこまでだった。




