第五話 到着
ぼくは、真新しい家のまんまえにたっていた。
これから、ぼくたちが住む家だ。
隣では、おじいちゃんが少し寂しそうに新しい二軒の家を見つめていた。
「おじいちゃん、だいじょうぶ?」
今よりもずっと小さなぼくが、心配そうに声をかける。
「ああ、周坊か……」
しばらくたってから、力無い声でおじいちゃんが返事をした。
「……あの家なくなったの、やっぱりさみしい?」
ぼくの問いに、おじいちゃんは小さく笑う。
「……いいんだ。あの家が残ってても、ばあちゃんのことを思い出すだけだから。あれとの思い出が詰まった家に住むのは、悲しすぎる」
おじいちゃんの奥さん……おばあちゃんは、半年前になくなってしまった。おじいちゃんはすごく落ち込んで、しばらくは人と話すこともしなかった。
しばらくして落ち着いたけれど、おじいちゃんはもうすっかりやる気をなくしてしまったらしい。会社の経営を人に任せ、長年住んでいた家を引き払い、その跡地に息子夫婦の家を建てさせて、自分は少し離れたところに家を建て、楽隠居することにしたのだ。
けれど、おばあちゃんとの思い出の詰まった家が無くなるのは、やっぱり寂しかったのだろう。せっかくの新築祝いだというのに、おじいちゃんは少し悲しそうに見えた。
そのおじいちゃんの手に、小さな古ぼけた写真があることに、ぼくは気づいた。
なんとなく興味を引かれて、のぞき込む。
写真には、おじいちゃんといっしょに会社を立ち上げた人たちが写っていた。後ろには、
「高月電気機械工業」と言う木の看板がかかった、粗末な家。おじいちゃんも、伏見さんや他の人たちも、今よりもずうっと若い。何人か知らない人もいるのは、辞めていったのかもしれないし、亡くなってしまったのかもしれない。
おじいちゃんの隣に、若い、きれいな女の人がいることに、ふと気づいた。和服を着て、ほほえんでいる。
……おばあちゃんかな?でも……
そのとき、おじいちゃんがふいに視線をずらせた。つられて、そちら側を見る。
向こうから、お父さんとお母さんが、知らない人たちと一緒にやってきた。
父さん達はぼくの手を引くと、一緒に来ていた人たちを紹介してくれた。
「この人達が、おじさんとおばさん。今日からおとなりさんになるんだ」
優しそうな男の人と女の人が、こちらに挨拶をする。
「…その子は?」
おばさんの陰に隠れて、顔だけ半分出してじーっとこちらを覗いている女の子。
「ごめんね、この子人見知りするから」
そういっておばさんはその子を前に連れ出した。
「遙、ごあいさつしなさい」
その声に、遙と呼ばれた女の子はおずおずと前に出てきて、
「たかつきはるかです」といって、ぺこんとおじぎをした。
「たかつきしゅうやです」と、こっちも元気よく挨拶をする。
女の子は少しびっくりしたみたいだけど、ぼくが笑いかけると、嬉しそうに笑ってくれた。
「この子、ずいぶん前からきょうだいがほしかったみたいだから。仲良くしてやってくれる?」
「うん!」
ぼくの声に、また遙は嬉しそうに笑った……
「……てよ。起きてよ」
なんだか体ががくがく揺れてる。
「んに……」
「まーだおきないの?じゃあ…」ハルの声に、不気味な感じがして、
「むーっ、むーっ!」
いきなり、息ができなくなった。ハルに鼻をつままれたらしい。
ハルの手を振り払って、起きる。
「おはよ、ねぼすけさん」
「なにすんだよっ!」
「だって、こうでもしないと起きないじゃない。しゅーちゃん、すっごく寝起き悪いし」
「まだ終点じゃないよ……」
「終点までいっちゃったら、誰か待ちかまえてるかもしれないじゃない。今だって、見張られてるみたいだし」
ハルの言葉に、眠気が吹っ飛んだ。
「ど、どこにいるの?」
「三つ後ろの通路側。ほら、あの新聞紙広げてる人」
ちょっとだけ首を動かす。
大きなスポーツ新聞を広げた人が、こっちをじっと見つめている。
ぼくの視線に気づくと、その男は新聞の陰に顔を隠した。
「……あやしい……」
「でしょ」
ハルがうなずく。
「で、どうしよう?」
「うーん……」
いい案が浮かばない。
とりあえずあの人を振り切らないといけないけど…
迷っていると、須崎さんが声をかけてきた。
「なんだ、坊主ら。もう降りるのか?」
「はい。ありがとうございました!」
「変な人とかについていかないようにね」
いつのまにかきていた東さんにも、心配そうにいわれる。
「そうだな。最近危ないからなあ」
あいづちをうつ須崎さんをみながら、ハルにこっそりとささやく。
「……ハル。なんとかなるかもしれないよ」
やがて、電車はゆっくりと駅にとまった。
アナウンスとともに、電車のドアが開いて、何人か客が降りていく。
ぼくたちはすぐに降りず、ドアのところまで見送りに来てくれた二人と話し込んでいた。
後ろに、さっきの怪しい人が待ちかまえている。
目を合わせないように様子を見ると、時計を見ながらいらいらとぼくたちが降りるのを待っているようだ。
発車のベルが鳴り、ドアが閉まりかけたとき。
ぼくとハルはドアから飛び出した。
あわててあの人が降りようとする……が、二人の荷物に邪魔される。
そしてそのままドアは閉まった。
ドアの向こうの悔しそうな顔を見ながら、ぼくたちは顔を見合わせてにんまり笑った。
あのあとで、ぼくは二人に事情を話し、あの人が降りるのを邪魔してくれるよう頼んだのだ。
ドアの向こうで手を振る二人に「ありがとうございました!」と大きな声でお礼を言ってから、ぼくたちは走り出した。
息を切らして、ちょうどきた山手線に乗り込む。
ドアが閉まり、誰も追ってきてないことを確認して、ぼくたちはほっと息を付いた。
「よかったー……」
「おもしろかったね!」
すごく嬉しそうに、ハルが笑う。
なにを気楽な、と思ったけど、
「……うん。ちょっと、おもしろかった」
なんか、ハルがうつってきてるかもしれない。
「まず、どこにいこう?」まだ少し荒い息で、ハルにきかれた。
「うーん……まだ、お店やさんはあいてないよね……」
「だったら、わたし少し行ってみたいところがあるんだけど」
新宿で電車を降りる。
朝のこんな時間なのに、もう新宿は人でいっぱいだった。
電車に乗る人、降りる人。
ぼくらの町なら、こんな時間に起きているのは新聞配達か市場の人ぐらいだ。
人波に逆らって、西へと歩く。
どうやら、夜も明けたみたいだ。
東京でも、やっぱり朝は涼しいらしい。
やがて人もとぎれたころ、ぼくたちは目的の建物の前にいた。
「うわあ……」
東京都庁に、あたりのビル。
ぼくらの町では見られない、最初のもの。
ちょうど昇ってきた朝日に照らされたそれは、どこまでも高くて。
「やっぱり、きてよかったな……」
ぽつりとハルが呟く。
「あとどれくらい、むこうでは見られないものがあるんだろうね……」
ぼくたちは、首が痛くなるまで、ずっと飽きずにこれから歩く町のビルを見上げていた。




