第三話 出発
いよいよ出発当日。ぼくとハルは、ぼくの家での出発パーティーに呼ばれていた。
「ハル、楽しそうだな」
「だって、やっと旅行に行けるんだよ!」うきうきした声が返ってくる。
「まさかあの宿題が終わるとは思わなかったよな……」
「がんばったもん!」
「解いたのは全部ぼくだし、写したのも半分はぼくだけど」
ぼくのつっこみに、ハルが頬を膨らす。
「いいの!とりあえず終わったんだから!」
「確かに……」
うなずいて、隣の荷物を見る。
「もう、忘れてることないよね?」
「ばっちりだよ」
「ホテルも電車も予約取ってあるし、父さんから旅行の許可書ももらったし、荷物も全部詰めたし。あとはもう出発するだけ!」
相変わらず楽しそうに、ハルが言う。
「たのしみだな、しゅーちゃんと二人で旅行……」
「それにしても、おとーさんたちおそいね……」
足をぶらぶらさせながら、ハルが呟く。
「はやくしないと、ごはんさめちゃうよ」
テーブルの前には、空席が四つ。父さんと母さんと、おじさんとおばさんの席だ。
一時間くらい前に、急におじいちゃんから呼び出しがあって、お父さん達は全員出かけていった。
「なにかあったのかな?」
「会社の人や、おじさんたちも、みんな呼び出されてるみたいなんだけど…」
確かに、ちょっと遅すぎる。
「電話してみる?」といって立ち上がったところで、勝手口のドアが開いた。
「あ、やっと帰ってきた」
「父さん、おかえり…」
いいかけた言葉を、途中で飲み込んだ。
父さんも母さんも、おじさんもおばさんも、今まで見たことがないような顔をしていた。
「…どうしたの?」おそるおそるきいてみる。
「…ああ、なんでもない」すぐわかる嘘を、お父さんがついた。
「…だったらいいけど…」こういうとき、父さん達を問いつめたって無駄だ。
だからぼくはなにもきかず、「はやくごはんにしようよ。電車に間に合わなくなるよ」といった。
すると、父さんは一瞬すまなそうな顔をして、それから、
「ふたりとも、今度の旅行は中止だ!」といった。
一瞬、父さん達が何を言っているのかわからなかった。
「どういうこと?」
やっぱりけげんそうな声で、ハルが聞いた。
父さんは少し苦い顔になって、
「とにかく、今は旅行に行くな。頼むから」
とだけ言った。
「どうして!」
「あとで説明するから。とにかく、行っちゃだめだ」と、父さんはそれだけを繰り返した。
「だって、準備も全部済ませたし、予約も取ってあるし!」
「ひどいよ!せっかくがんばったのに!」
「とにかくだめだ!」
結局、それから何を言っても、旅行に行かせてはもらえなかった。
さんざん泣いて怒って、いやになってベッドに倒れ込む。
明かりを消した部屋で、ぼくは寝返りを打った。
ねむれない。
腹が立ってしようがない。
横には、すっかり準備の終わった旅荷物。
あれだけがんばって、宿題も終わらせて、旅行の手配も全部自分達でやって、さあこれからって時に、いきなり行くななんて!
「ハルはどうしてるかな……」
ぽつりとつぶやいて、向かいの遙の部屋の方を見たとき。
こんこん。
窓をたたく小さな音。
「……ハル?」
窓を開けると、予想通りハルの顔。そして…
赤い大きなボストンバッグ。両側でまとめた髪に、Tシャツにスカート。
おでかけのかっこうだ。
「どうしたの、そんなかっこうで」
ぼくの質問に、ハルはきっぱりと答えた。
「わたし、行くからね」
「……やっぱり?」ハルの性格からいって、だいたいこうなるとは思っていたけど、それでも聞き返してみる。
「だって、納得できないよ!理由も言わずに、いきなり行くななんて!」
ハル、おこってる。たぶんこれじゃ、とめたってむだだ。
だから……
「そっか」とだけいって、リュックを担ぐ。
「しゅーちゃん…」ハルが、不思議そうな顔でぼくを見た。
「……行くんだよね?」
「……行ってくれるの?」ちょっと上目遣いに、ハルがぼくを見る。
……そういう目で見るの、ずるいと思う。
ちょっと目をそらす。
「ぼくだって、あれじゃ納得できないよ。ハルは言い出したら聞かないし。だいたい、こんな面白そうなことにまぜないつもり?」
「……おこられるよ……」
「ハルだけおこられるの、かわいそうだよ。どうせなら、いっしょにおこられよう?」
そういって、ハルの手を取る。
ハルはちょっと赤くなって、小さくうなずいた。
「今、おじさん達はぼくの家のほうにいるんだよね?」
「うん。なんか難しい顔して話してるみたい」
「じゃ……」
「うん」顔を見合わせて、うなずきあう。
屋根を伝って、ハルの部屋に。
それから、足音を立てないように、そろりそろりと階段を下りていく。
階段の陰から顔だけ出して、おじさん達がいないか確かめる。
「……いいよ。出て」
ハルに合図して、玄関へ。
やっぱり音を立てないように、ゆっくりと鍵を回す。
そっとドアを開け、静かにしめる。
うしろをふりかえりながら歩いて、、家から十分離れたところで、ぼくらは立ち止まった。
「うまくいったね!」
嬉しそうなハルの声。
「……だいじょうぶかなあ」不安なのが声に出たらしい。
「しゅーちゃん、考えすぎ!」ハルが笑い飛ばす。
(ハルは考えなさすぎだ……)と思ったことは、もちろん言わない。
「せっかく遊べるんだから、くよくよしてたら損だよ! 」
「そうかな」われながら、疑わしそうな声。
「そうだよ!」
断言されてしまった。
「とにかく、あとのこと考えても楽しくないよ。こういうときは、面白いことだけ考えてればいいの!」
「そうだね」
確かにハルの言うとおり。あとのことはあとで考えればいいか。
「じゃ、いこ!」
ハルがぼくの手を握って、楽しそうに走り出す。
なんだか楽しくなって、ぼくも笑い出す。
ぼくたちは笑いながら駅へ向かって走っていった。




