第二十一話 裏
おじいちゃんは、表情を変えない。
ただだまって、ぼくらの方をみつめている。
もういちど、くりかえす。
「だめだよ、おじいちゃん。
どうして僕らを誘拐したのか、その説明が終ってないよ」
ぼくのことばに、おじいちゃんは落ち着いて答える。
「それはさっき、お前が言ったとおり……」
「だったら、僕らを誘拐しなくたっていいじゃない。
別にそんなことしなくても、自然にぼくたちと東さんを会わせること、いくらでもできるでしょ?
なのにわざわざ誘拐なんておおげさなことさせてさ。
そんなことしたら、いくら護衛をつけてても、ぼくらがどんな目に遭わされるかわからないよ」
ハルが、心配そうにぼくのお腹を見る。
あいつらに蹴られたところ。今でもまだずきずき痛い。
おじいちゃんは、少しだけ顔を曇らせる。
それがぼくを心配してなのか、それとも自分の計画がうまくいかなかったことにたいしてなのかは、わからなかったけど。
「おじいちゃん。僕らを誘拐させた、本当の理由は何?」
おじいちゃんは答えない。少し、唇をかんでいる。
しばらく待ったけど答えが返ってこなかったから、あきらめて話を進める。
「話してくれないなら、ぼくが考えたことを言うよ。絶対にこうだとはいえないけれど、あまりおかしなことは言ってないと思う」
間違ってくれていたら、とは、何度も思ったけれど。
「おじいちゃん、ぼくたちを囮にしたでしょ。裏切り者を見つけるために。自分に逆らうひとを、見つけだすために」
東さんが驚いた顔をした。
仁科さんは、厳しい顔をしてうなずく。
「どういうこと?」わけがわからないといった顔で、東さんが聞いてきた。
「おじいちゃん、自分に逆らうひとを見つけたかったんだよ。
裏切り者を見つけるために、ぼくらをわざと危ない目に遭わせたんだ」
「どうしてそうなるの?」納得できない様子で、東さん。
「さいしょから、かんがえてみようよ」
そうして、ぼくは自分の推理を話し始めた。
「まず、ぼくらの旅行の予定表。あれを知ってるのは、ぼくたちと父さん達とおじいちゃんだけのはず。
なのにおじさんはそのことを知っていた。
おじさんに教えたのは、おじいちゃんしかいない。ここまでは、いいよね」
ぼくの言葉に、仁科さんがうなずく。
「……けど、教えたのはおじさんだけなのかな?」
東さんが不思議そうな顔をした。
「そんなことはないと思う。たぶんおじいちゃんは、『うちの孫に充分気をつけてやって欲しい』とかいって、会社のえらい人たちみんなにぼくらの予定表を配ったかもしれないなって、思ってる」
ハルが顔を上げた。
「これはあとで会社の人に聞いてみればわかると思う。べつにそれ自体は悪いことじゃないから、すぐに教えてくれると思うよ」
「どうして、そんなことをしたと考えたのかね?」
おじいちゃんは、まだ落ち着いている。
「もしねらいがおじさんだけだったら、ここまで大げさなことしなくてもいいんだよ。
ぼくらを誘拐なんかさせなくても、いくらでも方法はあると思うんだ。
……でも、ぼくらを誘拐しようとするのが、だれだかわかんなかったら?」
「!?」
「誰が誘拐するのか。誰があの手紙をぼくらを誘拐してまでほしがるのか。誰が、おじいちゃんに刃向かおうとするのか。それが、わかんなかったら?
でも、誰が刃向かうのか、それを見つけたいのなら……」
「わざと手紙をわたしたちに預けるんだね。それで、そのことを裏切りそうな人全員に教えて、誰が手を出すのか、じっと見てるの」
ハルの言葉に、うなずいてみせる。
「そう考えれば、あそこまで大がかりなことをする理由が説明付くの。おじさんの他にもあやしいひとがいて、うまくいったらそのひとたちを全部片づけることができる、そのつもりだったんだ」
「ぼくらを誘拐するのは、おじさんじゃなくても別にいい。誰か裏切り者を捕まえることができるなら、おじいちゃんはそれでよかったんだ」
話しながら、ちらっとおじいちゃんの方を見る。
この話が始まってから、おじいちゃんはほとんど表情を変えていない。ときどき眉を上げたりするだけで、黙ったままじっとぼくの話を聞いている。
それがどういう意味なのかはわからないけれど。
「準備が整ったところで、おじいちゃんが倒れたふりをする。病院の院長さんかなんかに頼んでね。
それで入院して、まわりのひとにおじいちゃんがもう長くないと思い込ませる。
おとうさんたちもわざわざ呼び付けて、そのことを知らせたんだ。
それで、ぼくたちだけはそのままにしておいて。
おじいちゃん、ぼくらのことあのとき呼んだ?」
「いいや。まだおまえたちには早いとおもったからな」
「じゃ、ぼくたちの旅行は止めたの?」
「そんなことはせんよ。お前たち、あの旅行をほんとうに楽しみにしていたからな」
「おじさんたちにも、そういったの?」
「ああ」
「……いったのは、それだけ?」
ぼくの質問に、おじいちゃんはちょっと黙って。
それからぼそぼそとはなしだした。
「大事な手紙をあずけてあるから、いまさらとめるわけにはいかない、とは言った」
「やっぱり。親戚みんなが集まって大騒ぎの時に、ぼくたちだけ『大事な用』で席を外してたんだ。
危篤のはずのおじいちゃんが、それでも止めなかった大事な用で」
「おじさん達にしてみれば、大事な用ってなんだろうと思う。それだけだったら不思議に思うだけだっただろうけど、おじさんはもっと大事なことを知っていた」
「……わたしのことね」仁科さんが、つぶやいた。
「そう。おじいちゃんが死ぬ前に、どうしても渡したい手紙。それはたぶん、遺産とかその関係のことなんだと、おじさんは思いこんだ」
「それで、誘拐になるわけね……」東さんがうなる。
「もちろん、『大事な手紙』というだけじゃだれも動かないよ。自分たちだってへたに動けば危ないもん。自分たちにも関わってくることだと、思いこませたんだろうね、おじいちゃんは。そうじゃなきゃ、罠にならないもん」
みんなが納得するのを待って、話を続ける。
「こうすれば、とりあえず父さん達は僕らの旅行を止めるよ。たとえ『大事な用』とやらがあったとしても、それよりおじいちゃんの病気の方が大事だからね。
そして、父さん達はぼくらに旅行を止めた理由をいえない。
『おじいちゃんが倒れて、ひょっとしたら死ぬかもしれない』なんて、そう簡単にぼくたちに言うわけに行かないもんね。
当然、ぼくらは納得しない。ぼくとハルの性格なら、たぶん何とかして抜け出して旅行に行く。
父さん達が止めなきゃ止めないで、なんの問題もない。
おじいちゃん、そこまで計算してたんだ」
「予想通りにぼくらが抜け出したあと、おじいちゃんはお父さん達に連絡を取ったんだ。
『ぼくらを旅行に行かせてやれ』と。たぶん、ほんとうの理由は言わないままで。
ほんとの理由を言ったら、いくら父さん達でもうんっていうわけないもん。
何とかして説得したんだ。
だからぼくたちのところに電話がかかってこなかった。
とりあえず父さん達に探す気がなかったから」
「おまえ達がいつ頃抜け出すかなんて、どうしてわかるんだね?」
おじいちゃんに聞かれた。声はまだ落ち着いたままだ。
「だって切符はもう買ってあるんだもん。東京行きの夜行列車の時間なんか、すぐにわかるよ。何本もあるわけじゃないんだから。
それに間に合うようにぼくらは出ていかなきゃいけないんだから、だいたいの時間は予想がつくと思うよ」
「それで、そのあと。たぶん駅あたりに護衛の人が先回りしてて、ぼくらを見張るために電車に乗り込んだ。
ぼくらに付いてくる怪しいひとを見張るためにね」
「ちょっと待って」東さんが話を止めた。
「最初から誘拐するつもりだったら、どうしておじいさんはハルちゃん達に護衛をつけたの?」
おじいちゃんも、ハルまでうなずいた。
「とめるつもりなかったんだよ」あっさり、ぼくは言った。
「『護衛』なんていうから、わかんなくなるんだ。『見張り役』で、いいんだよ。ぼくらを見張る人。
……ぼくらが、誘拐されるのを、見張る人」
「!」
「ぼくらに誰が手を出すのか。その証拠をしっかりつかんで報告するのが、あの人の役目。
……だから、あそこでぼくらがあのひとをまいちゃっても、そんなに困らなかった。
あの人もぼくらの予定は知ってるんだから、適当に網を張って待っていればいいんだよ。
……東さん」
「なに?」
「ぼくたちがいる場所、誰に教えてもらったの?」
「……おじいさん」あきらめたように、口を開く東さん。
「だよね。ほかにいないもんね、教えられる人。
おじいちゃんがそのときぼくらの正確な位置を教えられたのは、護衛の人がしっかり仕事をしてたからだよ。ちゃんと、見てたんだ。ぼくらが誘拐されるところまで」
声が強くなるのが、自分でもわかった。
「はなし、つづけるよ」
二、三度深呼吸して、もう一度話し出す。
「東さん、ぼくらの乗っている位置ははじめからしってたんだよね?」
「ええ」
「そこで護衛の人と鉢合わせして、あの人追っ払って。そして、ぼくらが誘拐される。
けれど、ぼくらが捕まってる場所は最初からわかってた。たぶん、だれが裏切り者なのか、ある程度目星が付いてたんだと思う。犯人が誰だかわかんなかったら、もう少し手間取ってるはずだよ。あやしいところ、あちこち探さなきゃいけなくなるから」
「ほんとは、あの護衛の人が様子を見て助けだしてくれるはずだったんだと思う。
助けてくれたあとで、自然な形で東さんに会わせればいいんだし。
それで、外でずっと待ってた。チャンスが来るのを」
「どうしてそこで、しゅーくんたちを助けに行かなかったの?」東さんの声がした。かなり怒ってる。
「たぶんだけど、おじさんと誘拐犯の間につながりがあるっていう、決定的な証拠が欲しかったんだと思う。平沢さんが来るのを待ってたんじゃないかな?
平沢さんの役割は『ぼくらを誘拐犯から無事に助け出して、おじさんのところにつれていく』ことなんだから、平沢さんがぼくらを殴ったりすることは絶対にないよ。
だから、ここまできたらそんなに無理しなくてもいい。ぼくらの無事を確認してから、チャンスを待てばいいんだ。助けられないなら、それはそれ。証拠は握ってるんだから、あとからおじさんをこってりと絞ってやればいい。
けれど実際には、ぼくらは平沢さんの嘘を見抜いて、しかもあの倉庫から自力で抜け出しちゃった。
だからおじいちゃんは焦って、東さんを直接助けに行かせることにした。
護衛の人がだいたいの位置を教えて、あとは騒ぎの起こってるところを探せば、ぼくらはみつかる。
あとは、もう話す必要はないよね」
ぼくが話し終わると、あたりはしーんとした。
だいぶたってから、
「……どうして、そこまでして……」
東さんが、小さくつぶやく。
「うん。ぼくも、それが聞きたい。
わかんないことは、あとひとつだけだよ。
……どうして、おじいちゃん、こんなことしたの?」
なにもいわない、表情も変えないおじいちゃん。
それをみたとたん、これまで思っていたことが、一気にあふれ出た。
「仁科さんへの手紙?それはたしかにだいじなものだったんだろうけど、それよりもおじいちゃんは自分に逆らうひとを見つけることを選んだんだ。
もっと大騒ぎにならない方法だって、探せばあるはずなのにさ。
わざわざ一番大きな騒ぎを起こして。
たったあれだけのことのために、ハルをあんな目に遭わせて、仁科さんや東さんにこれだけ迷惑かけてさ。
おじいちゃんにとって、ぼくもハルも仁科さんも、東さんも駿くんも、父さんやおじさん達まで。
みんな、ただの道具だったんだ。
……みんなをおもちゃにして、遊んでたの?
おじいちゃんさえよければ、それでいいの?
ひとがおじいちゃんの思い通りに動くのって、そんなに楽しかった!?」
黙ったままのおじいちゃんに、胸の奥からあふれ出てきた言葉をぶつけて。
「なんとか言ってよ、おじいちゃん!」
ありったけの声で、ぼくは叫んだ。




