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だいぼうけん  作者: ロボ
2/24

第二話 おじいちゃんの手紙

 小さく風鈴が鳴る。

 外の日差しが嘘みたいに、クーラーのきいた部屋は涼しい。

 鉛筆の音だけが、静かな部屋に響き渡る。

 いや、もうひとつ、小さな音が。

 すうすうという、小さな小さな声。それにあわせて、ピンクの髪飾りが上下に揺れる。

 ぼくは立ち上がって、……ハルの頭をたたいた。

「いた!」

ハルが飛び起きる。

「なにするの!」

「こっちのせりふだっ!」

「眠いから寝る……」

「寝るなっ!だれのせいでこんな事になってると思ってるんだ?」

そういって、真っ白い宿題のページを見せる。

「ほら、出発はあさってなんだから。とっととやるの」

「ううー……」

不満そうにうなった後、ハルはあきらめたらしい。とにかくぼくの向かい側に座って、宿題をせっせとやり始めた。


 どうして、こんなことになったのか。

「旅行の前に、宿題は済ませておきなさい!」と、おとうさんにきつくいわれたからだ。

といっても、ぼくはともかくハルが勉強なんかやってるわけがない。

だから、ぼくが新しい問題を解き、その解いた問題をハルがせっせと書き写す、なんてことになるわけだ。

「……なあ、ハル」

「んー?」

「なんか不公平な気がするんだけど」

「気のせいだよ」

「ぜーったい、ちがうとおもうけど……」

不満そうなぼくの声に、ハルがむきになる。


「こーんなかわいい子と一緒に勉強できるなんて、役得なんだよ!」

本気でいってるんじゃないことはわかったけど、それでもぼくはすこしどきどきした。

じっさい、ハルはかわいい。ちょっとおてんばすぎて手に負えないし、わがままで無計画で無鉄砲でいいだしたら聞かないけれど、性格だって悪くない……と思う。

でもここでうなずいたらこいつの思うつぼだ。

「そうかな?」といって首をかしげてみる。

とたんに、ハルがむくれた。

「かわいくなーい!」

後ろから、頭をぐりぐりされる。

「かわいいって言えー!」

「やだよー!」


「まあまあ、二人とも仲がいいわねえ」

麦茶を持ってきた母さんがいった。

「仲良くなんかないよ!」大きな声で言ったけど、ハルと声が重なってしまった。

一瞬顔を見合わせて、

「まねするなよ!」

「そっちこそ!」

「ふん!」

「ふん!」お互いにそっぽを向く。

「やっぱり仲がいいわねえ」なぜかくすくす笑いながら、かーさんが言う。


「ところで、おじいちゃんちにごあいさつはしたの?」

「ごあいさつ?」

「おじいちゃんのおかげで旅行に行けるんだから。二人とも、ちゃんとごあいさつしてらっしゃい」

「はーい!」待ってましたとばかりに、ハルが答える。

「おばさんもああいってることだし、行こうよ、おじいちゃん家!」

「この宿題は、ハル?」

「いいの。宿題なんかより、おじいちゃんにお礼を言う方がずっと大事だよ」

「……おまえ、やりたくないだけだろ、宿題」

「……ほら、いこうよ!」

強引にハルが話を終わらせる。どうやら図星みたいだ。

「……まあ、いいか」

確かにハルが言うことも一理ある。

「帰ってきたら、ちゃんとやるぞ」と言って、ぼくは立ち上がった。



 おじいちゃんの家は、そんなに遠くはない。だいたい家から自転車で10分もあれば着く。

立派な門の前で、チャイムを押す。

「どちらさまですか?」

と言って顔を出したのは、少し髪の薄くなったおじいさんだった。

「伏見さん!お久しぶりです!」

ハルが、元気に挨拶をする。

「おお、ハルちゃんに周ちゃんか!大きくなったなあ!」

伏見さんは、おじいちゃんが会社にいたときの部下だった。おじいちゃんが会社を隠退したとき、伏見さんも会社を辞め、この近くに家を建てて隠居した。よくおじいちゃんの家に遊びに来ていて、ぼくも何度か会ったことがある。

「おじいちゃんは?」

「お部屋の方にいらっしゃいますよ。ただ、今日は体調が優れないようで、お部屋で横になっていらっしゃいますが」

「……じゃあ、帰った方がいいですか?」

「いえいえ、とんでもない。ハルちゃん達が来てくれたら、とてもよろこばれますよ」

そういって、伏見さんは笑った。

「それに、今ちょっと嫌なお客様がいらっしゃってて…」

「いやなお客様」

「光彦様ですよ」

「ああ……」

光彦さんは、ぼくらのおじさんにあたる。おじいちゃんともとうさんたちとも仲が悪くて、あまり家には寄りつかない。

「だから、はやめにいって助けてお上げなさい」といって、伏見さんは笑った。


 おじいちゃんの部屋に行く手前の廊下にさしかかったとき。

「出て行け!」

おじいちゃんの、すさまじい怒鳴り声が聞こえてきた。思わず、首をすくめる。

と、ドアが開いて、40歳くらいの太った人が足音高く歩いてきた。

光彦おじさんだ。

「あれ、おまえら……」

ここで会うとは思っていなかったんだろう。何か疑わしそうな顔をしている。

「なにしに来たんだ?」

「旅行に行くから、ごあいさつにきたの」ハルが答える。

「旅行?」

「うん。あのね……」

「ハル、はやくおじいちゃんのところにいかないと…」

ぼくがそういうと、ハルは急いでおじさんにあいさつをして、こっちに走ってきた。


 寝室のドアをノックする。

「誰だ?」不機嫌そうな声。

「周哉です。遙もいます」というと、おじいちゃんの声が和らいだ。

「おお、周坊にハルか。よう来てくれたな!」


 ドアを開けると、おじいちゃんがベッドで身を起こしていた。

ふとんの上に、古ぼけた大きなアルバムを広げている。

そのとなりには、やっぱり古ぼけた写真立てと、白黒の写真。おじいちゃんが、数人の仲間達と写っている写真だ。

「あいさつにきてくれたのか?」

「うん!旅行に行けるのも、おじいちゃんのおかげだもん!」

「そうかそうか」

ハルの言葉に、おじいちゃんが目を細める。

「ところで、どんなコースで行くつもりなんだ?」

おじいちゃんがきいてきた。

「まず夜行列車で東京に行って、それからディズニーランドと渋谷と…」

そういって、ぼくたちが立てた計画を話していく。

おじいちゃんは嬉しそうに、僕らの話を聞いていた。


 旅行の話をして、旅行中に気をつけないといけないことについて注意されて、さあ帰ろうかと言うとき。

「ところで、ちょっと頼みがあるんだが」

そういうと、おじいちゃんは懐から手紙を取り出した。

「これを、このひとに渡してくれんか?」

そう言って渡されたのは、ていねいな字で「仁科幸子様」とだけ書かれた書状だった。

「本当ならわしが渡すんだが、今ちょっと手が放せない用事があってな。あっちの方に行くなら、ついでに渡しておいてほしい」

「場所はどこなの?」

というと、やっぱりていねいな字で書かれたメモをくれた。

「……せただに?」

「せたがやって読むんだよ」

「世田谷って、ぼくらが行くところから少しはずれてるよ?」

ぼくの質問に、おじいちゃんは、

「もちろん、こっちの頼みなんだからお小遣いは出すよ?」

「うん、わかった」

ハルが即答した。

「……おい、ハル……」

「だって、おじいちゃんには助けてもらったし、お小遣いくれるならそれ位したっていいじゃない」

「迷子とかにならないかな?」

「だいじょうぶだよー!」なんの根拠もなしに、ハルが断言する。

「まあ、いいか。おじいちゃんには助けてもらったし」

そう言って、うなずく。

「ねえ……おじいちゃん。これって、ラブレター?」

ハルがとんでもないことをいう。

「さて、どうだろうね?」

おじいちゃんが、くすくす笑う。

「ばか」そういって、遙をこづく。

「あんまり失礼なこと言うなよ」

「だって……」

「それじゃ、おじいちゃん。手紙はこの人に渡せばいいの?」ハルを無視して、おじいちゃんに聞く。

「ああ。なるべくなら手渡しで渡してくれ」

「うん、わかった!」

なくしちゃうといけないし、なるべく早めにわたさないといけないかな。


「それじゃ、気をつけてな……」

おじいちゃんの声を背に、ぼくらは部屋を出た。





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