第十五話 みたくなかったこと
「……おじいちゃんが、倒れた?」
今聞いたことが信じられなくて、ハルと顔を見合わせる。
すぐにリモコンに飛びついた。
何度も何度もチャンネルを変える。
あちこちの局のニュースの最後の方で、さっき聞いたのと同じ言葉。
「……そうだ、うちに連絡しないと!」
ぼくの声に、ハルが電話に飛びついた。
うちに電話してみたけれど、誰も出ない。
おじいちゃんも、伏見さんもいない。
何度も何度もかけ直してから、ハルがやっと口を開く。
「だれもいないよ」
「……たぶん、病院に行っちゃったんだ」
「……ていうことは……」
「たぶん、本当だよ。ほんとに倒れちゃったんだ、おじいちゃん」
「きのうまで元気だったのに。なんで、急に……」
「……元気じゃなかったみたいだよ、きのう」
驚くハルに、説明する。
「さっきテレビで、なんて言ってた?」
「昨日倒れたって……」
ぼくの言いたいことに気が付いたらしい。
「うん。ぼくたちが出発するときに、もうおじいちゃんは倒れてたんだ。昨日父さん達が呼び出されてたのは、たぶんそのせい」
「……だから、お父さん達、急に行くなっていったんだ?」
「そうだよ、きっと。お父さん達、いったん決まったことを理由もなしに破るような人じゃないもん」
そのまま、僕もハルも少しだけ黙る。
「でも、どうして理由をいってくれなかったんだろ?言ってくれたら、ぼくだって絶対に行かなかったよ?なのに、なんで……」
「……言えなかったんじゃ、ないかなあ」
ハルが、ぽつりという。
「どういうこと?」
「ふつうに、ただ倒れただけだったら、ちゃんと教えてくれると思うの。でも、もしうんと重い病気で、…どうにもならないような、そんな病気だったら…」
ハルの言葉に、この間挨拶にいたときのことを思い出す。
言われてみれば、あの時のおじいちゃん、いつもよりずっとやつれて見えた。
いつもなら、ぼくたちが遊びに行ったら、どんなに具合が悪くても、ぜったいにふとんにねたままなんてことはなかった。
ふつうに、自然に笑ってたから、気が付かなかったけれど。
「……確かに、全国ニュースで流れるくらいだもんね。ちょっと倒れただけなら、そんな大ニュースには……」
ぼくの声に、ハルはいきなり立ち上がった。
「早く帰らなきゃ!おじいちゃん、死んじゃうよ!」
そういうなり、自分の荷物をまとめはじめる。
「しゅーちゃんは?」
「ぼくはさっき荷物捨てちゃったから。すぐに準備できるよ」
「じゃ、はやく!」
今にも飛び出しそうなハルを落ち着かせようとして、
なにか、ひっかかった。
おかしなことに気が付く。
「……待ってよ、ハル。おかしくない?」
「なにが?」焦っているせいか、いつもよりとがった声。
「だってさ。さっき電話したとき、伏見さんそんなこと言ってた?」
「……そういえば」
「言ってないよ、ね」
「おじいちゃんが倒れたんだったら、すぐに戻ってこいって言うはずだよ。伏見さんだけじゃない、父さんもおじさんも」
ぼくの言葉に、ハルの動きが止まる。
「へんだよ。ぜったい、おかしい」
「じゃあニュースが嘘ついてるの?」
「それはないと思う。もし、あるとするなら…」
ふと、おもいついたこと。
「父さん達が、ニュースの人にうそをついてるのかも」
「どうして?」
「……わかんないけど」
倒れたのを隠すならわかるけど、倒れてないのを倒れたという理由がわからないし。
「ハル、携帯持ってる?」とりあえず、もういちどかけてみよう。
「あ、うん」
ハルの携帯を見てみる。着信は、ない。
「ハル。電源きってた?」
「ううん。ずっとつけたままだったよ」
ハルが答えて、
「どうして、電話かかってこなかったの?」
二人一緒に声が出た。
「おじいちゃんが倒れたのって、きのうだよね。だったらどうして、誰からも電話がかかってないんだろ?」
「子供が家出したんなら、普通はまず携帯に電話するでしょ?警察だのなんだのは、そのあとの話。なのになんで、着信一つないの?」
僕の疑問に、ハルも頷く。
「ふつう、まず電話かけると思うんだ。ぼくらだって、そうしたでしょ?助かったときに、すぐに父さん達に連絡したし」
「うん、へんだよ。絶対におかしい」
眉間にしわを寄せて深刻そうな顔になるハル。
「ほかに、おかしなこと、いっぱいあるような気がするよ」
「例えば?」
「なんで、ぼくたちこんなところにいるの?」
「?」
ハルが首を傾げる。
「ふつう、誘拐とかだったら、もっと逃げ出すの難しいと思うんだ。少なくとも、ぼくたちみたいな子供にあっさり逃げられるようなことはないと思う」
「そういえば……」
「あっちこっちで、ぼくらに都合がいいことが起きたから。だからなんとか逃げ出せたんだ。……でも、なんでそんなに都合のいいことが立て続けに起こったんだろう」
ぼくの言葉に、ハルは腕組みして考え込んだ。
「それから、もうひとつ。この、手紙のこと」
そういって、ハルのカバンの中からあの手紙を取り出す。
「結局この手紙のせいで、みんな大騒ぎしてるみたいだ」
ぼくの言葉に、ハルも頷く。
「この手紙、そんなに大事なものなのかな…… 」
「たぶんね。あの人達が必死で盗もうとしてたんだし」
「そういうことじゃなくて……」
何かいいたそうなハルをさえぎって、疑問をぶつける。
「……でも、だとしたら、なんでおじいちゃんはぼくたちにそんな大切なものを持たせたんだろ?」
「どういうこと?」
「そんな、誘拐までして手に入れようとするくらい大事なものなら、普通はもっと信用できる大人に頼まない?ぼくらよりも、もっと上手に安全に手紙を持っていける人に」
ハルの目が、こっちがびっくりするくらい大きく開いた。
「わたしたちがちょうどこっちに来るから、ついでだったんじゃないの?」自信なさそうに、ハルがつぶやく。
「だったら会社の人たちだっているし、ほかにも頼める人なんかいくらでもいるじゃない。わざわざこんな子供に持たせることはないよ。……ぼくたちに渡させる理由が、何かあるんだ」
「どんな理由?」
「……それは……」
そうやって、考えているうちに。
気づいたこと。
「……ハル」
いつもより、ずっと低くて小さな声で、ハルにきいてみる。
「光彦おじさんに、ぼくらの予定なんか言った?」
はじめ、不思議そうな顔をしていたハルが、さっと顔色を変える。
「……言ってない。しゅーちゃんにとめられたんだよ、たしか!」
「そうだよ、ハル。おじさんは、ぼくらの動きを知らなかったはずなんだ。どこへいくかまではわかっても、予定表なんか知ってるはずがない。だれか、知ってる人が教えたんだ」
「誰が?誰が教えたの?」
「わかんない。一応知ってるのは、ハルんちのおじさん、お父さん、それからおじいちゃんなんだけど」
「三人とも、わざわざ光彦おじさんにそんなこと教えたとは思えないよ」
ハルの言葉に頷こうとして。
「……ちょっと待った」
なんか、胸の中がざわざわする。
すごく嫌な予感。
「どうしたの、しゅーちゃん?」
様子が変わったのに気づいたらしい。心配そうにこっちを見るハル。
「……最初から、考えてみようよ」
ゆっくりと、話し出す。
「最初、ぼくらは旅行に行けなかったんだよね?旅行に行けるようにしてくれたのは、誰?」
「おじいちゃん」ちょっと変な顔をして、ハルが答える。
「あの手紙を、ぼくらに持たせたのは?」
「おじいちゃん」
「出発する前に、おじいちゃんが倒れたこと、ぼくたちに伝えさせなかったのは?」
「……?お父さん達じゃないの?」
「これじゃまだ、わかんないよね」僕は少し笑って、
「お父さん達に携帯をかけさせなかったのは?」
「!? ……おじいちゃん?」
「うん。お父さん達はぼくらの旅行に反対だったし、そんな事情があるならすぐに『帰ってこい』って電話すると思う。それをしなかったのは……」
「おじいちゃん本人に、止められたから?」
「……うん。父さん達個人の都合だったら、絶対にそんなことはしないと思うんだ。それより、すぐに帰ってきて欲しいと思ってたはず」
「……だとしたら、さっき電話したとき、父さんや伏見さんに、帰ってこいといわせなかったのも?」
「おじいちゃん、だろうね」
「……おじいちゃん、なんでそんなことを?」
ハルの疑問に僕は答えず、次の質問を口にする。
「……これが当たってるなら、ここまでの筋書きを全部書いてたのは?」
「おじいちゃん」
「だよね。今いったことが全部できるのは、おじいちゃんしかいないよね」
少し、声がうわずっているらしい。ハルが変な顔をした。
「とすると、おじさんにぼくたちの予定を教えたのは?」
「……おじいちゃん」
「そうだね。でも、そうすると、」
一度、言葉が切れる。その先を言うのが怖かったから。
なんとか言葉を続ける。
「……ぼくたちを、誘拐、させたのは……」
呆然とつぶやくハル。
「……おじい、ちゃん……」
ぼくもハルも、しばらく何も言えずに黙っていた。
こんなこと、考えもしていなかったから。
「で、でも!」どうにか声を出せるようになったらしいハルが、あわてたように聞いてくる。
「光彦おじさんならともかく、どうしておじいちゃんがそんなことしなきゃいけないの?おじいちゃんは、お金もいらない。もちろん、手紙なんかいるはずがない。もともとおじいちゃんが書いた手紙なんだから。なのに、ここまで手の込んだこと、どうしてしなきゃいけないの?」
「わかんないよ」ぼくは、小さく首を振る。
「でも、今いったことができるのは、おじいちゃんしかいない。何か大事な理由があるんだ、何か……」
その何かが、今のぼくにはぜんぜん思いつかないけれど……
「……その理由って、わたしたちより大事なの?」
ハルが叫ぶ。
「どんな理由か知らないけど、わたしたち誘拐して、しゅーちゃんあんなめにあわせてさ。そんなことまでしなきゃいけない、どんな理由があるの!」
ぼくには答えられない。
「わたしたち、遊びに来ただけだったのに。どうしてみんな、こんな勝手なことばっかり。
父さん達もおじいちゃんも光彦おじさんも。みんな…だいっきらい!」
体の底からしぼりだしたみたいなハルの叫び声だけが、ぼくとハルのほかに誰もいない部屋に、いつまでも響いていた。




