第十四話 推理
「……伏見さん、今なんて言いました?」
……さっき。
お父さん、おじさんと電話して、こっぴどく怒られてから、おじいちゃんのところに電話した。
おじいちゃんは留守らしく、代わりに電話に出た伏見さんは、ひととおり怒って心配したあと、いきなりこういいだした。
「あの手紙は、ちゃんと渡して置いて欲しいそうです」と。
「ちょっと待ってください。でも、その手紙のせいで変な人に追っかけられて……」
「そちらは必ずなんとかします。……詳しくは言えませんが」
そう言った伏見さんの声は、いつもとはまるで違って、すごみがあって。
「それでも、ハルをそんな危ない目には……」
なんとか食い下がったぼくに、すまなさそうな声が聞こえる。
「周くんたちには悪いけれど、おじいさまがどうしてもとおっしゃるので。申し訳ありませんが、お願いします」
びっくりした。伏見さんは礼儀正しいけど、ぼくらに頼み事をする時にここまでていねいなことばを使う人じゃなかったから。
「よっぽど、だいじなことなんですね」
「どうしても」という感じが伝わってきて。
なんとなく、断れなかった。
電話を切ると、急に今日一日の疲れが押し寄せてきて、ぼくは床の上に転がった。
「つかれた……」
ソファーに寝転がって足をばたばたさせながら、ハルが言う。
「あれから、まだ一日もたってないんだよ?」
「うん」
「でも、おもしろかったね!こんなこと、もう絶対にできないよ!」
「……うん」
気のない返事。
あおむけになって、ぼうっと天井の蛍光灯を見る。
それが、ふいに暗くなった。
「しゅーちゃん。どうしたの?元気ないよ?」
頭の上に、心配そうなハルの顔。ソファーの上からぼくをのぞき込んでる。
「もうおわったんだしさ、もっとげんきだそうよ」
「ハル。まだ、なんにも終わってないんだよ」
頭の上でのんきな顔してるハルに、ぼくは言った。
「あの人達が誰なのか。どうして、ぼくたちが誘拐されたのか。
平沢さんは誰に命令されて動いてたのか。誘拐犯達は誰と手を組んでいたのか。
なんにも、まだ。
それがわかんなきゃ、またおなじことになるかもしれないよ?」
「もうだいじょうぶでしょ、なんとか逃げ出せたんだし」
「わかんないよ。これから無事かどうかもわかんない。だって、この事件のこと、まだなんにもわかってないから」
ぼくの言葉に、ハルもすわりなおして、顔をしかめて考える。
しばらく考えてから、
「しゅーちゃん、なんか考えついてるんでしょ?それから教えてよ」
少し首を振って、ハルが聞いてきた。
「ちょっとだけ、ひっかかってることがあるんだ」
考えをまとめながら、ゆっくり話し出す。
「あの誘拐犯達、どうしてあの倉庫にいたんだろ?」
「……どういうこと?」
「ドラマとかだと、ふつう犯人はひとけのないところにぼくらを閉じこめると思うんだ。空き家とか、つぶれた工場とかさ。でも、あの倉庫は今でもちゃんと使ってるんだよね。中身入ってたし」
「それがどうかしたの?」
「使ってる倉庫なら、警備員がいたり防犯システムがあったり、すると思うよ。中身盗まれたら困るでしょ?でもあいつらは、そんなの気にもしないであの倉庫使ってた」
「……あの倉庫の社員だったら、使えるかも……」自信なさそうに、ハルが言う。
「ただの社員が防犯システムをどうかできるとは思えないよ」
「ていうと?」
「これはぼくの想像なんだけど」そういって、言葉を続ける。「『裏切り者』の持ち物なんじゃないかな、あそこ。そうじゃなくても、彼のにらみの利くところ。だとすれば、あれだけ勝手に使えた説明ができる」
ぼくのことばに、ハルはおとなしく頷いている。
「それから、もうひとつ。どうして平沢さんは、あんなにタイミング良くぼくたちを助けられたの?」
「?」言われたことがわかんなかったみたいで、ハルの頭に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
「だってさ。ぼくたちが逃げ出して、捕まりそうになったところでいきなりあらわれて、
誘拐犯達を倒してくれた。なんか、見せ場を狙ったような感じがしない?」
「……外で、ずーっと見てたんだ!」ハルの目がまん丸になる。
「たぶんね。でも、それよりもっと大きな疑問があってさ。
……そもそもなんで、平沢さんはぼくたちが閉じこめられていたところがわかったわけ?」
「警察もおじいちゃん達も、ぼくたちがあそこにいることなんか知らなかったはずだよ。知ってたら、すぐに動いたはずだし、だいたい誘拐されて二時間も経ってなかったんだよ?どんな名探偵でも、まず見つけられないと思うんだけど」
ハルが言葉の意味を理解できるまで、少し待つ。
「偶然……じゃないよね」
「もちろん。そんなことあるわけないよ。……知ってたんだ、平沢さん。ぼくらがどこに閉じこめられてるか」
「あとをつけてきたとか?」
「夜行列車の男みたいに?たぶん、それはないと思うな。誘拐犯達だって警戒してただろうし、ぼくらだってちゃんと注意してたでしょ?」
「すると、どうなるの?」
「……さっき、誘拐犯達が平沢さんとでくわしたとき、あんまり驚いてなかったよね」
「うん。なんか、知り合いにあったみたいな感じだったね。簡単に中に入れちゃったし」
「……知り合いだったんだよ、たぶん」
「……どういうこと?」
「仲間だったんだ、平沢さんと誘拐犯」
「!?」
「なんで、そうなるの?」びっくりしたらしいハルが、急いで聞き返す。
「平沢さんは、誰かの命令で動いてたんだよね」
「うん」
「それは、たぶん『裏切り者』だよね」
「うん」
「『裏切り者』は、誘拐犯達ともくんでたんだよね」
「……うん」
「だったら、平沢さんと誘拐犯が仲間でもおかしくないよ」
「たぶん、平沢さんが直接『裏切り者』から命令されて、誘拐犯達と連絡を取ってたんだよ」
「……誘拐犯達は、『裏切り者』をしらないの?」
「うん。誘拐犯達は、あんまり重要なことを知らされてないと思うよ」
「どうしてそうおもうの?」
「さっきさ。カバンを捨てたとき。平沢さんは拾いに来たけど、あいつらはそのまま追っかけてきた。それから考えて、あいつらはあの手紙のこと知らないんだよ。たぶん、あいつらは……」
「やられ役」言葉が思い出せないぼくに、ハルの助け船。
「そう、それ!それだよ。最初からやられ役だったんだ、あいつら。本命は平沢さん。
……たぶん、裏切り者は、お金なんか欲しくなかったんだよ。欲しかったのは、手紙だけ。
あんなやり方でお金が取れるとは、最初から思ってなかったんだね。
それで、ぼくたち誘拐して。誘拐がうまくいったら、平沢さんがいかにも正義の味方みたいにしてでていって、誘拐犯をやっつけてぼくたちに恩を売る。そのときに、いかにも親切そうな顔で手紙を盗めばいい」
呆然としているハルに、そう説明する。
「とすると、問題なのは、あの倉庫の持ち主だよね」
なんとか立ち直ったハルが、聞いてきた。
「それが『裏切り者』の可能性が高いからね」ぼくも、うなずく。
「なんか、手がかりとかない?」
「うーんと……」
そのとき、思い出したこと。
あの倉庫から逃げ出すとき、ちらっと見かけた、会社の名前。
見覚え、ある。
そばの本棚を探し回る。
目指す本は、すぐに見つかった。
「会社旬報」と書かれた分厚い本。
その本の最初の方をぱらぱらめくる。
「あった」
「高月製紙」と書かれた欄。
【高月グループ】高月一族が今でも経営権を握る。業務建て直しに懸命。
社長 高月光彦
「……やっぱり、か」
そのページを見ながら、ぼんやりとぼくはつぶやく。
「よく考えれば、身内であんなことするのは、光彦おじさんしかいないんだよ。おじいちゃんがそんなことするわけないし、父さんやおじさん……ハルのお父さんなら、ぼくらを誘拐する意味ないじゃない?」
「それに、光彦おじさんならわたしたちが旅行に行くこと知ってるしね」と、ハル。
「……そうだっけ?」
思い出せないぼくに、あきれ顔のハルが説明してくれた。
「おじいちゃんとこにあいさつにいったとき、会ったじゃない」
そういえば、そうだった。たぶんあのときに、詳しいことを知ったんだろう。
「……いまわかるのは、これだけ。でも、わかんないよりはずいぶんいいと思うよ?」
ちょっとだけ得意な顔になる。
「……すごいすごい、しゅーちゃん!」
ハルがいきなり飛びついてくる。
「わ、ハル?!」
「たったあれだけで、よくここまでわかったね!」
顔が赤くなった。すっごく照れくさい。
「でも……」ふいに、ハルが変な顔をする。
「しゅーちゃん、へんだよ」
「どこが?」
自分の推理は完璧だと思っていたから、ちょっとだけむっとなった。
「だってさ……」考え込みながら、ハルが言った。
「そうすると、あの手紙を手に入れるためだけに、倉庫一つ使って誘拐を仕組んだ訳だよね。でも、そこまで大がかりなこと、どうしてしなきゃいけないの?ちょっとカバンをひったくれば済むことじゃない。なんで、わざわざこんなこと……」
……たしかに、それもそうだ。手紙一つにしては大げさすぎる。
「……そういえば」
考えれば、まだまだわからないことはあった。
「ぼくも、これだとわかんないことはあるんだ。…どうしておじさんは、今こんなことしたんだろ?」
「……どういうこと?」
「もしおじいちゃんにこんなことがばれたら、ただじゃすまないはずだよ。おじさんがやったことくらい、すぐにわかっちゃうだろうし」
ぼくらでもわかるくらいの計画だ。ちょっと時間が経てば、すぐにみんなにばれてしまうだろう。
お互いうなって、腕組みして考える。
……でも、五分考えても十分考えても、納得できる結論は浮かんでこなかった。
「降参!」
しばらくして、ハルがひっくり返る。
「わかんないよ、こんなの!」
「ぼくも、わかんないや」
こっちも床へとひっくり返る。
「これ以上考えたって、無理だよ」
「うん。犯人は分かったんだし、あとはおうちに帰ってからでいいか」
そういって、ハルに笑いかける。
「ほんと、がんばったからさ。あとは父さん達が迎えに来るまで、遊ぼうよ。せっかくの旅行なんだし」
「うん!」
満足そうに言ったハルは、そのままテレビのリモコンをとる。
「ちょっとテレビみたい。もうすぐ漫画が始まるの」
そう言えば、いつもこの時間はハルは家でテレビを見てたな。
「うちの方とこっちじゃ、テレビの時間違うかもしれないよ?」
「いいの!つけてみなきゃわかんないでしょ?」
そういって、強引にテレビをつける。
「経済トップアイの時間です」
真面目そうなニュース。
「ほら、やっぱやってないじゃん、ハル」
「ううー……」不満そうなハルを無視して、チャンネルを変えようとしたとき。
「次のニュースです。……高月電機の元会長、高月作蔵氏が倒れ、現在手当を受けている模様です」
聞こえてきたニュース。
それはぼくたちが予想もしていなかったことで。
「きのう午後二時ごろ、自宅で急に心臓の発作を起こし、現在病院で手当をうけているということです。一代で日本有数の電機メーカーを作り上げた立志伝中の人物の入院は、グループ内部に大きな波紋を呼びそうです」
今までの楽しい気分も、せっかく考えた推理も、ぜんぶ吹き飛ばしてしまうようなものだった。




