第十話 反撃
そっとドアを開ける。
あいつらに気づかれないように注意しながら、ちょっとだけ顔を覗かせる。
その下に、もう一つ。ハルの小さな頭。
「だいじょうぶ?」
「うん。だれもいないみたいだよ」
その声で、ハルが小さく息をつく。
ドアの前には廊下があって、卒業式の時体育館に敷くような緑色のシートが、階段まで続いている。
「どこにいるんだろ、あいつら……」
「しゅーちゃん、あそこ」
ハルが指さした先。目の前の、手すりの付いた広い階段の下に、何人かの男達が集まっていた。
あいつらを何とかしないと、とても逃げ出せそうにない。
さらにその向こうにも、下への階段が延びているから、ここはどうやら三階より上らしい。
「……窓とかから逃げるわけにも行かないか」
だいたい、あんな窓に登るだけでも大変だ。
やっぱり、あいつらをどうにかしなきゃいけないらしい。
それが終わると、ぼくたちは改めてこの倉庫の中を見回した。
あたりをずらっと埋め尽くす、段ボールの箱の山。
適当に一つ開けてみる。
「こりゃいいや。ちょうどいい武器になる」
紙のパイプだ。組み合わせて棚なんか作ったりするやつ。
二本取り出して、ハルに一つ渡す。
けど受け取ったハルは、なんとなく不満そうだ。
「こんなんじゃ、やっつけられないよ。もっとじょうぶなのない?」
「……死んじゃったらどうするんだよ」
あきれて、ハルを見る。
「何とか、あいつらをやっつける方法、ないかなー」僕のようすは気にもしないで、ハルがつぶやいた。
「別にやっつけなくても、あいつらがいなくなって、ぼくらが逃げ出せればいいんだよ?」
なんだか忘れてるような気がしたから、言ってみる。
「やだ、そんなの!だってあいつら、しゅーちゃん殴ったんだよ?仕返しぐらいしなくちゃ!」
ハルの声は小さかったけど、すごく厳しい声だった。
こういうとき、ハルに何を言っても無駄だ。
それに、確かに逃げるだけじゃ腹の虫がおさまらない。
さっき思ったじゃないか、絶対許さないって。
なんとか、あいつらをやっつける方法は……
「鉄パイプか何か、ない?」
考えている僕に、ハルがいきなりそんなことを言った。
「……そんなので殴ったら、あいつら死んじゃうよ」
「べつに死んでもいいけど、しゅーちゃんも捕まっちゃうでしょ?そうじゃなくてね……」
いたずらっぽくハルが笑う。この旅行のことを言いだしたときと、同じ笑い方。
何か、とんでもないことを思いついた顔だ。
「なんか思いついたろ、ハル」
「あのね……」
耳元で、ひそひそ話された、その計画は。
たぶん、僕がいくら考えても思いつかない、すごい計画だった。
「……いいね、それ!いただき!」
思わず、ハルを抱きしめる。
「すごいよ、ハル!」
「さっきから、しゅーちゃんばっかりがんばっててさ。わたしだって、このくらいのことできるもん」
ちょっと赤い顔で、ハルが言った。
ハルの計画がうまくいくように、部屋の中を探す。
鉄パイプはなかったけど、大きな台車が見つかった。
たぶんこれで荷物を運ぶんだ。
動かしたらすごい音がしたから、それぞれ持って運んだ。
あいつらに見つからないように慎重に動いて、5分くらいで準備ができた。
「これで、十分かな」
僕の声に、楽しそうな顔で、ハルが言う。
「反撃開始だね」
「いつまでもやられっぱなしじゃないよ」
お互いに顔を見合わせて、にやっと笑う。
正直、怖いのはあるけれど。
この顔のハルがとなりにいれば、どんなことだってできるような気がする。
ハルがどう思ってるかは知らないけれど。
はじめる前に、もう一度だけハルの顔を見る。
ハルはちょっと不思議そうな顔をして、それからまた楽しそうに笑った。
わざと大きな音をさせるように、台車を階段の前に運んでいく。
階段の下のあいつらが上を向き、ぼくらの姿を見て、一瞬だけ信じられないような顔をした。
一瞬だけだった。
すぐに、ものすごい顔になって、階段を駆け上がってくる。
階段の前の見張りは、誰もいなくなった。
あいつらが一番上まで、二、三段まで来た、そのとき。
一度だけ、ハルと顔を見合わせて。
「1、2の、3!」
一気に、目の前のシートを引き上げた。
シートが、階段の下まで、まっすぐにのびる。
上にあったものを、何もかもはねとばして。
金髪の男が、空中を駆け上がるのを、ぼくは確かに見た。
そしてその格好のまま、空中をまっさかさまに転げ落ちていく。
ほかの男達が、その上にどんどんと積み重なっていく。
階段の下は、あっという間に倒れた人でいっぱいになった。
そこに、さっき持ってきたダンボール箱を台車ごとぶちまける。
さっき、鉄パイプを使おうとハルが言っていたのは、これだった。
重すぎる段ボールを、早くぶちまけるため、てこにするつもりだったんだ。
中身の紙管が、ものすごい勢いで転がっていき、倒れた男達を埋めた。
「……死んでないよね?」
「……だといいけど……」
ハルと、顔を見合わせる。
階段の下では、物音一つしない。
紙管の間から、ちょこちょこと顔や足がはみ出している。
けど、すぐにハルが手すりに飛び乗った。
そのまますべりおり、飛び降りる。
ハルの足の下には、さっき埋まった真っ赤な髪の男。
かえるがつぶれたような声を上げて、男は気を失った。
「だいじょうぶみたいだよ、しゅーちゃん!」
「……いや、だいじょうぶじゃないだろ……」
……これからは、絶対にハルを怒らせないようにしよう。
ぼくもすぐに滑り降りる。
ハルのまねをして、途中でうめいていた金髪の男を、思いっきり蹴り飛ばしておいてから、入り口の向こうのハルについて走り出した。
「急いで!」ハルの声について、階段を駆け下り、入り口を一気に目指す。
一階の入り口はもうすぐだ。
けど……
「!」
声にならない悲鳴を上げて、ハルが立ち止まる。
入り口の前には、まだ何人かがいて、ぼくたちを待ちかまえていた。
「あいつらだけじゃ、なかったんだ……」
声が震えるのがわかる。
後ろからも、さっきつぶれた男達がやってきた。
前の男達はにやにや笑いながら、後ろの男達は今にもつかみかかりそうな顔で、こっちに迫ってくる。
「ハル、後ろ頼む」
「うん」
背中を合わせて、持っていた紙管を構える。
背中の向こうに、ハルがいるのがわかる。
怖いのが、少しどこかにいった。
「絶対、逃げるからね」
ハルにだけ聞こえるように、小さくつぶやいて。
背中ごしに、ハルが少しだけ安心したのを確認して。
ぼくは、男達をにらみつけた。




