宇宙戦争・最終決戦
――西暦20××年――
異星人の侵略が始まって三年。人類は敗北を重ね、残された戦力を日本に築いた第七防衛線へ集めた。
防衛線の後方地下基地では、敵の超巨大母艦を一撃で粉砕可能な最終決戦兵器『滅星砲』が、完成間近となっていた。
第七防衛線を守りきれるか否かで、人類の命運は決定するのだ――。
塹壕の底は、真夏の太陽に照らされていた。
焼けた金属と乾いた土の匂いが混じり合い、喉の奥がざらつく。
遥か大気圏外から、音もなく地表を見下ろす侵略者の超巨大母艦が、満月に似た輝きを放っている。
一等兵の山田太郎は、土嚢の陰にレールガンを置き背中を丸めた。
軍靴は擦り切れ、頬には乾いた血が張りつきひび割れる。
彼は左右を確認したのち、胸ポケットから汗で湿った一枚の写真を取り出した。
そこには、淡い桃色の突起が写っていた。禁断の曲線を描く丸いふくらみ。
他に例えることのできない、柔らかい感触。それを想い出すだけで、指が疼き、喉が鳴る。
「うひひひひ」
太郎はその匂いを嗅ぎ、頬をこすりつける行為を想像し、よだれを垂らしてにやけた。
こんな戦場で見るべき写真ではない。だが、だからこそいっそうそそられるのだ。
「バカを言うな、曹長!」
「そちらこそですぞ、少尉!」
怒鳴り声が塹壕内に響き、太郎の耳に届く。
慌てて写真をしまい、振り向いた。
壕の反対側で、少尉の川瀬怜子と曹長の岩渕源三が対峙していた。
怜子は丸眼鏡の奥で三白眼を光らせ、岩渕は無精ひげの四角い顎を突き出している。
二人の間には、作戦会議で意見が割れた時より鋭い空気があった。
「貴方は何もわかっていない!」
怜子が言った。
「前へ出る力! 傷を受けても走る意志! 特に、むき出しで冬の寒さに耐える姿! そこに人類の尊厳があります」
「わかっていないのは少尉殿ですぞ!」
岩瀬が低く吠える。
「後方からだけ見える陰影! やや八の字型に並んだくぼみ! そこに魂が宿るのです!」
太郎は凍りついた。
(おいおい! まさか、上官二人が作戦方針をめぐって決裂しているのか!?)
滅星砲の存在が異星人に知られたという情報もある。
それが本当なら、敵は総戦力を持って、決戦を挑んでくるはずだ。
いがみ合っている場合ではない。
「曹長! 上官に対して口ごたえするつもり!?」
「上官に正しい諫言をするのも部下の務めです!」
興奮する二人は睨みあい、今にも掴み合いの喧嘩になりそうだった。
(仕方がないか……あまり気乗りはしないが……)
太郎は二人の間に割って入った。
「止めてください、二人とも! もめている場合ではないでしょう!」
少尉の三白眼が太郎をにらむ。
「ちょうどいい、第三者である山田の視点から意見を聞きましょう! よいですね、曹長?」
「いいでしょう! おい山田! 少尉と俺のどちらが正しいか、質問に答えろ!」
「は、はい」
(正直、戦術論を問われても困るんだが……)
川瀬玲子が言った。
「小学生男子の膝小僧!」
岩渕源三が言った。
「女子高生の膝裏!」
二人がハモった。
「「この世で最も尊いのは、どっちか答えろ!!」」
(え!? なにそれ!?)
「答えは言わなくてもわかるわ! 小学生男子の膝小僧に決まっているもの!」
怜子は断言した。
「特に、ちょっぴり赤みが挿した膝小僧に、チョンと貼られたバンソウコウ姿が至高!」
「いいや、女子高生の膝裏だ!」
岩渕も譲らない。
「制服の裾と靴下のあいだに見える健康美! 足を内股気味に開いた姿で、窓辺から外を眺める様子は永遠の宝!」
(キノコ、タケノコ論争かよっ!)
太郎は上官に心の中で突っ込みを入れる。
「はぁ~~っ、そんなことで言い争っていたんですか……」
「そんなこととは何ですか! 山田一等兵!」「そうだ! 真面目に答えろ、山田!」
「自分はもっと尊いものを知っています」
「もっと尊いものですって!?」「バカな! あるわけがない!」
「これです!」
太郎はポケットから写真を取り出し、上官二人に見せた。
「「こ、これは!?」」
その写真には、薄桃色の小さな島々が、柔らかな毛の海に浮ぶ姿が写っていた。
四つの丸い花弁と中央の蕾が、極限の可愛らしさをたたえている。
「「ね、猫の肉球!!!」」
「どうです、この尊さに叶うものなどありません!
しかも、直接触ってプニプニしたり、クンカクンカしたりできるんですよ!
小学生男子の膝小僧や、女子高生の膝裏はノータッチが鉄則! プニプニやクンカクンカしたら逮捕されますからね!」
白い歯を見せ勝ち誇る太郎。
「ど、動物は卑怯でしょう!」「そーだ! 動物はノーカンだ、ノーカン!」
悔し紛れに上官たちは唾を飛ばして反論する。
「だいいち、猫なんてもう誰も飼う余裕なんてないでしょう!」「全くその通りだ! 瓦礫の町には野良猫さえいないぞ!」
太郎も負けじと言い返した。
「言わせてもらいますが、今の小学生男子の足は痩せこけて、包帯と泥にまみれている少年ばっかりだ! それと、女子高生が着るのは支給品の迷彩ズボンだけで、膝裏なんて見えませんよ!」
「「「………………………………」」」
太郎も、少尉も、曹長も押し黙った。
しばらくの沈黙の後、少尉が呟く。
「そうね、そうだったわね……」
曹長が続いた。
「俺たちは失い続けてきたんだな……」
最後は太郎だ。
「まだ取り戻せるチャンスはありますよ!」
「そうね、守りきって、何がいちばん尊いかの決着を付けなきゃね!」
「ああ、すべてを取り戻そう!」
その時、無線が鳴った。
『第七防衛線へ。敵ドローン群、全方位より接近中。数、測定不能。繰り返す、数、測定不能。全部隊戦闘態勢。すべて迎撃せよ。人類の命運はこの一戦にあり、各人の奮闘をいのる』
少尉はタブレットからAIによる支援攻撃を指示し、曹長は塹壕陣地に檄を飛ばす。
太郎は即座に配置につき、レールガンの安全装置を外した。
塹壕の向こうで、空が黒く染まっていた。視界いっぱいに広がる無数の点が、蝗害の群れのように迫ってくる。
太郎は写真に短く祈りを捧げると、黒い空へ向かって引き金を引き続けた。
その指に冷たい金属ではなく、温かいプニプニが触れる未来を信じて――。
―― END ――
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