第三章 虚飾の摩天楼
小章① ガラスの城
一週間後。 六本木、ミッドタウン。 高層階のオフィスフロアに、『ニブス・スタッフィング』の本社はあった。 デザイナーズ家具が並ぶ洗練されたオフィス。窓からは東京の街並みが一望できる。 ここが、あの薄汚れたタコ部屋の上澄みでできた城だ。
真壁は、今回は正規の手続きを踏んで訪問した。 「定期監督」の名目だが、その実態は敵情視察だ。 応接室に通されると、すぐに社長の氷堂 怜二が現れた。 雑誌で見た通りの爽やかな笑顔。仕立ての良いスーツ。柿崎のような現場の汚れなど微塵も感じさせない。
「ようこそ、労監署の方。私どもの会社に何か?」
氷堂は座るなり、足を組んだ。
「大井埠頭での監禁事件について、事情を聞きたい」
真壁が切り出すと、氷堂は大げさに肩をすくめた。
「ああ、あれね。ニュースで見ましたよ。とんでもない話だ。あそこの管理会社には厳重に抗議しましたよ。勝手にウチの名前を使って、そんな犯罪まがいのことをしていたなんて」
「……柿崎は、あなたの指示だと言っているが?」
「彼は嘘つきですよ。横領がバレて解雇寸前でしたからね。私への逆恨みでしょう」
氷堂は涼しい顔で言い放った。 トカゲの尻尾切り。 柿崎は逮捕されたが、氷堂への関与を示す物証は何一つ出てこなかった。すべては現場の独断として処理されようとしている。
「それにね、監察官さん。うちはコンプライアンスを重視しています。正規雇用のスタッフには手厚い福利厚生を用意している。……ああいう不法就労者とは、住む世界が違うんですよ」
氷堂の目に、一瞬だけ冷酷な光が宿った。 彼は、労働者を人間だと思っていない。使い捨ての燃料としか見ていないのだ。
「……そうか。だが、覚えとけ」
真壁は立ち上がり、氷堂を見下ろした。
「俺は、お前のような人間を一番許せない。必ず、その綺麗なスーツを泥まみれにしてやる」
氷堂は鼻で笑った。
「公務員風情が。……お帰りはあちらです」
小章② 助成金の闇
署に戻った真壁を待っていたのは、部下の篠原だった。 彼女は興奮した面持ちで、分厚いファイルをデスクに置いた。
「先輩! 掴みましたよ、尻尾!」
「助成金の件か?」
「はい。ニブス社が申請していた『休業中の社員』リスト。その中に、妙な名前が混じっていたんです」
篠原はリストの一部を指差した。
「『大山 太郎』『田中 次郎』……。ありふれた名前ですが、住所を戸籍と照合したら、全員が『死亡者』か『行方不明者』でした」
「死人を使って、給料を払ったことにしていたのか」
「それだけじゃありません。この偽造データを作成していた形跡のあるIPアドレスを追跡したら、ある『行政書士事務所』にたどり着きました」
篠原が見せたのは、新宿にある『黒田行政書士事務所』のホームページ。 表向きは相続やビザ申請の代行を行っているが、裏では反社御用達の「偽造屋」として知られる場所だ。
「黒田か……。マル暴時代に何度かシメたことがある。あいつが噛んでいるなら、バックは『竜神会』だ」
竜神会。広域指定暴力団だ。 ニブス・スタッフィングは、竜神会の資金源の一つだったのだ。 国の助成金を騙し取り、不法就労で稼いだ金を洗浄して、暴力団に流す。 巨大なマネーロンダリング・システム。
「篠原、このデータを首都圏労働管理局と警視庁に回せ。合同捜査本部が立つぞ」
「はい! ……でも先輩、決定的な証拠が足りません。氷堂が黒田に指示したという『命令書』か、裏金の『送金記録』がないと」
「ああ。それは、あのビルの中にあるはずだ」
真壁は、六本木の氷堂のオフィスを思い浮かべた。 あの傲慢な男なら、証拠を処分せずに手元に置いている可能性がある。自分の権力を誇示するために。




