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処刑前夜、悪役令嬢が密室で殺されました。――論理学官エルサの異世界事件簿  作者: 和三盆


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第6話 迷宮図書館と論理学官の新たな挑戦

 王国の朝は静かだった。

 クラウディア嬢の事件から数日。聖域の結界は、すでに日常の一部のように存在していたが、世界は以前よりも微妙に息苦しかった。誰も、物語の結末を知らない。しかし、自由には責任が伴う。誰もがその重さを感じていた。


 私は書類を抱えて、王城の図書館へ向かった。ここは王国最古の迷宮図書館。地図も照明も整備されておらず、どの本棚がどの章に通じているかは、歩いてみるまでわからない。


 図書館には、魔導書、古文書、そして過去の事件記録が積み上げられていた。私は慎重に歩き、埃の匂いと紙の手触りを確かめる。


「論理学官エルサ」


 背後から呼ばれた。振り向くと、王子エドワードが立っていた。寝不足の顔だが、表情は引き締まっている。


「王子殿下。来るのが早すぎます」


「いや、君の仕事ぶりを見届ける必要がある。クラウディア事件は……驚くべき結末だった」


「感謝は不要です。あれは、世界の構造上の必然でした」


 王子はため息をついた。


「だが、世界はまだ、完全ではない。君の力が必要だ」


 私は頷いた。事件は終わっていない。異世界の不具合は、必ず新たな形で現れる。今回も、迷宮図書館の奥深くに、それは潜んでいると直感した。


     


 図書館の奥、古い階段を下りると、空気が変わった。魔力が漂うのが手に取るようにわかる。静かで、しかし密度の濃い異世界特有の感覚だ。ここで何が起きても、誰も気付かないだろう。


「ここが、新しい事件現場です」


 私は手帳を取り出し、メモを開始する。


「報告によれば、数日前、図書館内で“存在しない書物”が発見された。書物の中身は空白だが、開くと過去の事件の記録がすべて書き換わっているという」


 王子の眉が動いた。


「書き換え……つまり、歴史のバグか?」


「その可能性が高い。しかし、この図書館には魔法以外の物理法則が厳密に働く。つまり、書物を勝手に変える“物理的手段”は存在しない」


 私は拡大鏡で古い書物のページを覗いた。空白のページの中央に、微細な魔力反応が残っている。


「これは……魔法?」


「いや、魔法ではない」


 私は指先で魔力反応をなぞる。


「これは、存在が定義されない物質です。空白の書物にしか反応せず、他の物質には干渉しない」


 王子が息を呑んだ。


「そんなものがあるのか……」


「あります。そして、この物質を利用すれば、物語の内容そのものを書き換えることが可能です。しかし、危険です」


「どうして?」


「もし書き換えが失敗すれば、過去の事件が矛盾し、世界は再び崩壊するでしょう」


 私は書物を手に取り、慎重に魔力反応を分析した。数分の観察で、すべての法則が読み取れる。


「結論は、三つの可能性です」


「三つ?」


「はい。まず一つ目。誰かが意図的に書物を書き換えた。これが最も危険なケース」


 二つ目。物質の自然発生。つまり、世界自体のバグだ。


「そして三つ目」


「三つ目?」


「過去の事件の結果が、未来の存在に干渉した可能性です。クラウディア嬢のように、過去を知る者が現れれば、その影響で書物が変化する」


 王子が静かに頷いた。


「なるほど。自由になった世界だからこそ、新たな干渉が可能になったわけだ」


「その通りです」


 私は手帳を閉じ、決意を固めた。


「今回も、論理のみで解決します。魔法も、信仰も、偶然も関係ありません」


 王子は立ち上がり、私の肩を叩いた。


「君がいれば、この世界も安心だ」


 私は小さく笑った。


「安心は過信です。だが、私にできることは全力で行います」


 そして、図書館の奥深くに足を踏み入れる。

 空白の書物が、私を呼んでいる。


 迷宮図書館の闇は深い。しかし、論理学官エルサは、今日も世界の秩序を守るために歩き出した。


 未来は未定義で、すべては可能性だ。

 だが、私は知っている。どの選択も、論理で解き明かせる。

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