第4話 王子が語れなかった「真のエンディング」
第一王子エドワードは、結界の中央に立ったまま動かなかった。
剣も、魔法も、権力も持つ男が、ただ沈黙している。
それ自体が、すでに異常だった。
「殿下」
私は、これまでで最も慎重に声をかけた。
「あなたは、この事件が起きる“前”から、クラウディア嬢の結末を知っていましたね」
「……」
「それも、“国外追放”ではない」
私は一歩、前に出る。
「死です」
「馬鹿なことを言うな!」
王子は声を荒げた。
「聖典には、そんな結末は書かれていない!」
「ええ。書かれていません」
私は静かに頷いた。
「だからこそ、起きた」
王子の目が揺れた。
「この世界は、“書かれていること”しか起きない。あなた方はそう信じている」
「事実だ!」
「いいえ。“書かれていないことは、定義されていない”だけです」
私は手帳を閉じた。
「乙女ゲームのシナリオ。その構造を、私は調べました」
「断罪イベントとは、何ですか?」
私は問いを投げる。
「悪役令嬢の罪が暴かれ、攻略対象全員から拒絶され、社会的に死ぬイベント」
「その通りだ」
「では、“失敗条件”は?」
王子は答えない。
「存在しません」
私が代わりに言った。
「このイベントは、“必ず発生する”よう設計されている。分岐はない。回避不能」
「……」
「なぜなら」
私は王子を見据える。
「これは“ゲームオーバー条件”ではなく、“チュートリアルの終端”だからです」
「悪役令嬢が断罪されなければ、物語は先に進めない」
私は淡々と続ける。
「彼女は“踏み台”です。世界を次の章へ送るための、強制イベント」
「やめろ……」
王子の声が、かすれた。
「そして、あなたは知っていた」
私は告げる。
「彼女が国外追放された先に、“生存ルート”が存在しないことを」
騎士長が、低く呻いた。
「……追放後のデータが、空白だった」
「ええ」
私は頷く。
「世界が“その先”を想定していなかった。だから、彼女は生きられない」
「だが、それは殺害理由にはならない!」
王子が叫ぶ。
「私は、何もしていない!」
「ええ。あなたは“何もしていない”」
私は、はっきりと言った。
「それが、原因です」
「……何?」
「あなたは、断罪イベントを開始した」
私は結界を指す。
「王族の血で聖域を張り、シナリオを確定させた」
「それは儀式だ!」
「ええ。実行コマンドです」
王子の顔から、血の気が引いた。
「この世界は、シナリオが確定した瞬間、“不要な存在”を排除する」
私は続ける。
「通常は社会的排除――名誉の剥奪、追放、破滅」
「だが今回は、例外が起きた」
私は死体を見た。
「クラウディア嬢は、事前に“断罪後の自分”を知ってしまった」
「……聖女だな」
王子が呟く。
「未来視というバグ。彼女は、教えてしまった」
私は頷く。
「“確定後も生きている自分が存在しない”と」
「存在が定義されない状態で、断罪イベントが発動したら?」
私は問いを置く。
「世界は、その矛盾をどう処理するか」
沈黙。
「答えは一つ」
私は、冷酷な結論を述べた。
「イベント開始と同時に、存在を終了させる」
「毒は、ただの媒介です」
私は三人を見回した。
「犯人はいない。あるのは、仕様」
「そして、あなたはそれを知っていながら、止めなかった」
王子は、唇を噛みしめた。
「……私は、王子だ。この世界の“正しい進行”を守る義務がある」
「ええ」
私は認めた。
「だから、あなたは語れなかった」
王子の肩が、震えた。
「次で、すべて終わります」
私は告げる。
「最終話では、この世界を裁きます」
夜明けまで、あと二時間。
論理は、ついに“神”そのものを被告席に座らせようとしていた。




