第三話 測れない敵と、測られる勇者
王都地下。
石段を降りるごとに、空気が重くなる。
「下水道にしては……雰囲気ヤバすぎだろ」
壁には古代文字、床には魔法陣。
どう見てもただの地下じゃない。
《警告:周囲に高次干渉を確認》
「高次ってなに!?」
俺が小声でツッコんだ瞬間——
「動くなッ!!」
背後から鋭い声。
振り向くと、短剣を構えた少女が立っていた。
銀髪、黒いマント、目つきがやたら鋭い。
「……誰?」
「それはこっちのセリフ」
彼女は一歩も近づかない。
「この地下に単独で来る人間なんて、
普通は“化け物”か“勇者”しかいない」
「後者です」
「即答!?!?」
少女が一瞬だけ言葉を失った。
「……名を名乗れ」
「ユウ。職業、勇者。ランクF」
「最後の情報いる?」
明らかに混乱している。
「私はリィナ。
王都非公式監視部隊《灰の目》所属」
やばそうな肩書き出てきた。
「ここで何をしてる?」
「ネズミ退治」
「嘘つけ」
即否定された。
その時。
ズズ……
空間が、歪んだ。
前方の魔法陣から、黒い“何か”が滲み出る。
形が定まらない。
HP表示——見えない。
「……表示されない?」
初めてのケースだ。
リィナが歯を食いしばる。
「くっ……“観測不能種”……!
魔王軍ですら制御できない存在……!」
「それ、やばいやつ?」
「やばいどころじゃない!!
下手したら王都が消える!!」
黒い影がこちらを見る。
——見られた瞬間、寒気。
《解析不能》
《最適化対象を再定義します》
「え、ちょ、再定義ってなに」
影が、動いた。
速い。
リィナが短剣を投げるが、すり抜ける。
「効かない!?」
次の瞬間、影が彼女に触れ——
俺の体が、勝手に前に出た。
「危ない」
トン。
影に触れた瞬間。
パキン。
——“割れる音”。
黒い存在は、ガラスみたいに砕け散った。
……一撃。
だが。
爆発もしない。
魔力の暴走もない。
ただ、綺麗に消えた。
《攻撃力を“世界に影響を残さず消去できる最低値”に調整しました》
「……最低値の概念、壊れてない?」
沈黙。
リィナが、ゆっくり俺を見る。
「……あなた……何者?」
「勇者」
「それで済む存在じゃない」
彼女の声が、震えていた。
「王都の結界より、
魔導師団の禁呪より、
今の一撃の方が……静かで、正確だった……」
「褒めてないよねそれ?」
リィナは短剣を下ろし、深く頭を下げた。
「……お願いがある」
「嫌な予感しかしない」
「私を……
あなたの“同行者”にしてください」
「え?」
「あなたを監視する必要がある。
そして同時に——」
一拍置いて、彼女は言った。
「あなたが暴走した時、
止められる唯一の人間になりたい」
……重い。
でも。
《同行者登録を推奨します》
お前まで言うな。
「……分かった。
ただし、静かに暮らしたい」
リィナは微笑んだ。
「それが一番、難しいと思う」
だよな。
地下から地上へ戻る途中、
彼女がぽつりと呟いた。
「魔王軍は、きっともう気づいている」
「何を?」
「——この世界で一番、
扱いづらい勇者が生まれたことに」
俺はため息をついた。
どうやら、平穏は。
最初から、選択肢になかったらしい。




