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第十七話 均衡は、崩れなかった



 均衡教団の終焉は、

 崩壊でも、殲滅でもなかった。

 ――静かな解体だった。

 朝。

 王都近郊の広場に、人が集まっていた。

 信徒。

 孤児院を離れた子どもたち。

 迷い続ける大人たち。

 壇上に立つのは、ノルン。

 いつもの穏やかな法衣。

 だが、その背は、少し小さく見えた。

「……均衡教団は」

 彼は、静かに言った。

「本日をもって、

 “教えを与える組織”であることをやめます」

 ざわめき。

「我々は、

 答えを持つ者の集まりではない」

「迷いを抱えた者が、

 共に問い続ける場となります」

 混乱。

 戸惑い。

 怒り。

「それは、

 教団じゃない!」

 誰かが叫ぶ。

 ノルンは、否定しなかった。

「ええ」

 静かな肯定。

「だから、

 去る者を止めません」

「答えを欲する者は、

 別の場所へ行けばいい」

 それは、

 自分の影響力を削ぐ宣言だった。

 俺は、群衆の端で見ていた。

「……やったな」

 リィナが言う。

「自分から、

 権威を壊した」

 セシリアも、静かに頷く。

「組織としては、

 もう脅威ではありません」

「でも」

 俺は、言った。

「思想は、残る」

 だからこそ。

 これで終わりじゃない。

 演説の後。

 ノルンは、一人で礼拝堂にいた。

「……来ると思っていました」

「話がある」

 俺は、そう言った。

 ノルンは、微笑んだ。

「最後の確認、ですね」

「……ああ」

 沈黙。

「俺は、

 あなたを裁かない」

「知っています」

「でも」

 俺は、目を逸らさない。

「あなたのやったことを、

 正当化もしない」

 ノルンは、深く息を吐いた。

「……それで、

 十分です」

 そして、彼は言った。

「私には、

 もう人を導く資格はない」

「だから」

 穏やかな声。

「一人の人間に戻ります」

 それは、

 彼なりの罰だった。

 別れ際。

「勇者ユウ」

「なんだ」

「あなたは、

 何者になるのですか?」

 俺は、少し考えた。

 そして。

「……まだ、

 分からない」

 正直な答え。

「でも」

 続ける。

「答えを持たないまま、

 立ち会い続ける存在にはなる」

 ノルンは、静かに笑った。

「それは……

 とても、孤独ですね」

「慣れてる」

 嘘じゃない。

 夕暮れ。

 三人で並んで歩く。

「……これで終わり?」

 リィナが聞く。

「いいや」

 俺は、首を振った。

「始まりだ」

 セシリアが、手帳を閉じる。

「では、

 あなたの立場を

 正式に記録します」

「やめて」

「必要です」

 彼女は、はっきり言った。

「名前がなければ、

 人は勝手に

 役割を押し付けます」

 ……確かに。

「じゃあ」

 俺は、少し考えて言った。

「“調停者”でも、

 “勇者”でもない」

「立会人でいい」

 二人が、目を瞬かせる。

「立会人?」

「ああ」

 俺は、前を見る。

「選択の場に、

 立ち会うだけ」

「決めない。

 導かない」

「でも」

 拳を握る。

「目を逸らさない」

 セシリアは、ゆっくり頷いた。

「……記録します」

 リィナは、苦笑する。

「めんどくさい肩書きだな」

「今さらだろ」

 夜。

 一人、星空の下。

 頭の中に、声はない。

 ステータスも、称号も、

 もう意味を持たない。

「……静かに暮らしたかったんだけどな」

 小さく笑う。

 でも。

 遠くで、誰かが迷っている。

 誰かが、選ぼうとしている。

 なら。

「……立ち会うくらいなら、

 やってやるか」

 星が、静かに瞬いた。


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