第十六話 勇者、選び続けると決める
少女の死から、三日。
均衡教団は、二つに割れた。
一方は、ノルンを中心とした「均衡派」。
もう一方は、沈黙と動揺の中で離れていった「保留派」。
そして――
どちらにも属さない者たちが、確かに生まれていた。
「……質問を、やめなくなった」
セシリアが報告書を閉じる。
「教団を離れた子どもたちが、
新しい保護施設で……
毎晩、話し合いをしています」
「答えは?」
「出ていません」
俺は、小さく息を吐いた。
「……それでいい」
その夜。
ノルンから、呼び出しが来た。
場所は、廃れた礼拝堂。
「……罠だな」
リィナが言う。
「ええ」
セシリアも頷く。
「ですが……
避けられません」
俺は、前に出た。
「行く」
止める理由は、なかった。
礼拝堂。
月明かりの下、ノルンは一人で立っていた。
「……来ましたね、勇者ユウ」
「用件は?」
ノルンは、少しだけ疲れた顔で笑った。
「確認です」
「あなたは……
まだ“中立”でいるつもりですか?」
俺は、即答しなかった。
そして。
「……分からない」
そう答えた。
ノルンの目が、細くなる。
「ほう」
「でも」
俺は、言葉を続ける。
「もう、
“何も選ばない”って選択はしない」
ノルンが、静かに言う。
「それは……
私と同じです」
「違う」
俺は、首を振った。
「あなたは、
答えを固定する」
「俺は、
問いを固定する」
静寂。
ノルンは、ゆっくり拍手した。
「……美しい理想です」
「ですが、
人は耐えられません」
「耐えられなくても」
俺は、はっきり言った。
「耐えるしかない状況を、
作らない」
ノルンの笑みが、消えた。
「……ならば」
彼は、低く言った。
「あなたは、
私を止めるべきです」
「止める?」
「ええ」
ノルンは、胸に手を当てる。
「私は、
“答えを求める人間”を、
やめられない」
「だから、
あなたの存在は邪魔だ」
初めて。
明確な敵意。
「……ノルン」
俺は、静かに言った。
「あなたは、
救いたかっただけだろ」
一瞬。
ノルンの表情が、
わずかに揺れた。
「……ええ」
「迷いが、人を壊すのを
何度も見た」
「だから、
迷わなくていい世界を
作りたかった」
それは、
嘘じゃない。
「でも」
俺は、続けた。
「迷いを消すことは、
生きることを
消すことだ」
ノルンは、目を閉じた。
「……あなたは、
残酷ですね」
「知ってる」
「答えを与えるより、
ずっと」
俺は、拳を握った。
「でも、
少女は――」
言葉が、詰まる。
「……考えられたって言った」
「それは、
あなたが与えた“均衡”じゃない」
「俺たちが、
一緒に作った
“時間”だ」
長い沈黙。
やがて。
ノルンは、深く息を吐いた。
「……負けました」
「え?」
「思想では」
彼は、静かに笑った。
「ですが」
その目に、覚悟。
「教団は止まりません」
「人は、
答えを欲しがる」
「私がいなくても、
必ず誰かが――」
「……だろうな」
俺は、頷いた。
「だから」
前を向く。
「俺は、
“終わらせる”つもりはない」
「続ける」
「問いを、
置き続ける」
帰り道。
リィナが言った。
「……あいつ、
もう敵じゃないな」
「思想は、
まだ敵だ」
セシリアが、静かに言う。
「でも……
あなたは今日、
“神”になる道を
完全に捨てました」
俺は、夜空を見上げた。
「……なれないしな」
「人間だから」
遠くで、鐘の音。
均衡教団のものとは、
違う音。
新しい集会。
新しい問い。
世界は、
静かに、でも確実に揺れている。




