第十二話 勇者、間違える
均衡教団の拠点は、意外な場所にあった。
――孤児院。
「……は?」
思わず声が漏れる。
白い壁、整った庭、子どもたちの笑い声。
どう見ても、善意の塊だ。
「教団は、
“救済活動”を前面に出している」
セシリアが低く説明する。
「孤児、難民、戦災被害者……
法の網から零れ落ちた人々を、
保護している」
「……それ、
普通に良いことじゃないか」
リィナは、表情を硬くしたままだった。
「問題は、その後」
中に入る。
子どもたちが、礼儀正しく頭を下げる。
「司祭様は、
“迷わなくていい”って言ってくれる」
「悪い人は、
“均衡を乱す存在”なんだって」
小さな声。
でも、揃いすぎている。
セシリアの拳が、わずかに震えた。
「……思想教育」
ノルンが現れたのは、その時だった。
「ようこそ」
いつもの穏やかな笑顔。
「勇者ユウ。
仲間も一緒とは、光栄です」
「……孤児院に宗教思想を流し込むのは、
アウトだ」
俺は、はっきり言った。
「やめろ」
ノルンは、驚いた顔をした。
「……なぜです?」
「なぜって……
選択肢を奪ってる」
「いいえ」
彼は、首を振る。
「与えているのです」
セシリアが声を荒げる。
「子どもには、
選択する力がない!」
「だからこそ」
ノルンは、静かに言った。
「迷わせない」
空気が、張りつめた。
俺は、一歩前に出た。
「……ここは、
教団の活動を止める」
即断。
早すぎた。
頭の中に、声はない。
でも、俺は――決めたつもりになっていた。
「やり方を変えろ。
思想教育は禁止だ」
ノルンは、少しだけ目を伏せた。
「……分かりました」
その瞬間。
子どもたちが、泣き出した。
「やだ!!」
「司祭様をいじめないで!!」
「勇者様は、
悪い人なの!?」
胸が、凍る。
「……え?」
リィナが、低く呟いた。
「……もう遅かった」
ノルンは、静かに言う。
「彼らは、
救われたのです」
「居場所を与えられ、
答えを与えられ、
不安を奪われた」
「それを、
あなたは壊そうとしている」
――違う。
俺は、守ろうとした。
でも。
「……ユウ」
セシリアの声が、かすれる。
「あなたの今の判断……
正しいけど、
優しくない」
言葉が、突き刺さった。
結果。
王国は介入できなかった。
表向き、均衡教団は「協力的」。
だが。
信徒は、増えた。
――勇者に弾圧された、
“可哀想な教団”として。
夜。
拠点を離れた野営地。
俺は、火を見つめたまま動けなかった。
「……俺、
やらかしたよな」
リィナは、はっきり言った。
「やらかした」
セシリアも、頷く。
「法的には、
正しい介入でした」
「でも……」
「心を、置き去りにしました」
初めて。
はっきりと。
俺は、自分が――間違えたと理解した。
頭の中に、久しぶりに声。
《警告》
《影響評価:負方向へ拡大》
「……今さら警告すんな」
でも、続きがあった。
《修正は可能》
《条件:あなた自身が、
“答えを持たない”と認めること》
……逃げじゃない。
認めろってことか。
「……分かった」
俺は、静かに言った。
「俺は、
正解を持ってない」
リィナが、驚いたように見る。
セシリアも、目を見開く。
「だから」
俺は、顔を上げた。
「次は、
奪うんじゃなく、
一緒に考える」
遠くで、鐘の音。
均衡教団の夜の祈り。
その音が、
今はやけに重く聞こえた。




