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第十話 勇者、初めて“怖い”と思う



 王都を出て、三日目。

 俺たちは、街道沿いの小さな町に立ち寄っていた。

「……静かすぎる」

 リィナが低く言う。

 人はいる。

 店も開いている。

 でも――視線が合わない。

 誰も、俺たちを見ようとしない。

「戦争前夜の空気ね」

 セシリアが小さく息を吐いた。

「噂は、もう広まっているはずです。

 “どこにも属さない勇者”が現れた、と」

「中立って、

 そんなに嫌われるのか」

「嫌われるというより……」

 彼女は言葉を選んだ。

「不安なのです」

 宿で情報を集めていると、

 町の老人が、ぽつりと呟いた。

「……勇者様」

「はい?」

「あなたは……

 戦争を止めてくれるのかね」

 その声は、期待というより――祈りだった。

 俺は、即答できなかった。

「……止めたい、とは思ってる」

 老人は、少し笑った。

「そうか……

 それで、十分だ」

 ……十分なのか?

 夜。

 町外れの広場。

 火を囲み、俺たちは簡単な食事を取っていた。

「ユウ」

 セシリアが、真剣な声で言う。

「確認しておきます」

「なに?」

「あなたは、

 全ての争いを止められるわけではない」

「……分かってる」

「それでも、

 止めに行くのですね」

 俺は、頷いた。

 その瞬間。

 拍手が響いた。

 パン、パン、パン。

「――素晴らしい」

 闇の中から、男が現れた。

 白い法衣。

 穏やかな笑顔。

 でも。

 HP表示が、見えない。

「……またか」

 男は、楽しそうに言った。

「初めまして。

 私は《均衡教団》司祭、ノルン」

「聞いたことない組織だな」

「最近、急成長しているので」

 セシリアの顔色が変わる。

「……思想系宗教……」

 ノルンは、頷いた。

「勇者ユウ。

 あなたの“中立宣言”、

 実に美しい」

「褒められても困る」

「だからこそ」

 彼は、穏やかに言った。

「あなたは、

 危険です」

 空気が、凍った。

「あなたは言った」

 ノルンは続ける。

「“誰かに利用される平和には価値がない”と」

「……言ったな」

「正しい」

 そして。

「ですが、それは――

 努力する人間を絶望させる思想でもある」

「……?」

 ノルンは、町の方を指した。

「彼らは、

 正義を信じて剣を取る」

「彼らは、

 正義を信じて命を捨てる」

「そこに“どちらにもつかない存在”が現れ、

 『それは君たちの選択だ』と言う」

 彼は、静かに笑った。

「……残酷だと思いませんか?」

 胸が、締め付けられた。

 頭の中で、声がしない。

 最適化も、警告も、ない。

 ただ、自分の思考だけ。

「……じゃあ、どうしろって言う」

 ノルンは、即答した。

「簡単です」

 彼は、手を広げた。

「あなたが、

 新しい正義になればいい」

 リィナが、一歩前に出る。

「……つまり?」

「中立ではなく、

 “絶対的調停者”として君臨する」

「あなたの言葉が法」

「あなたの判断が善悪」

 ノルンの目が、狂気じみて輝く。

「それなら、

 誰も迷わない」

 その瞬間。

 ――初めて。

 俺は、怖いと思った。

 剣でも、魔法でもない。

 思想そのものが、敵だった。

「……それは」

 声が、震える。

「それは、

 俺が一番なりたくないものだ」

 ノルンは、残念そうに首を振る。

「理解されないのは、辛いですね」

 彼は、闇へと下がっていく。

「ですが覚えておいてください、勇者ユウ」

 最後に、こう言った。

「人は、

 “答えをくれる存在”を、

 必ず求めます」

 闇が、閉じた。

 沈黙。

 焚き火の音だけが残る。

「……ユウ」

 リィナが言う。

「今の、

 戦えない相手だ」

「分かってる」

 セシリアが、低く呟く。

「思想は、

 剣よりも血を流させる」

 俺は、拳を握った。

「……中立ってさ」

 小さく、言う。

「誰も傷つけない選択だと思ってた」

 でも。

「違った」

 星空を見上げる。

「誰かの希望を、

 壊してしまう選択でもある」

 胸が、重い。

 でも。

 逃げる気は、なかった。


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