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第30章 煌めきの裏側で


アヤカの心臓は、皮膚の下で暴れるように鼓動していた。


目の前に立つミカ。

かつて、傷だらけの風俗嬢だった彼女は、今や別人のように洗練された雰囲気をまとい、薄く笑っていた。


「……何しに来たの?」


アヤカは震える声で問うた。

ミカはコートを脱ぎ、ゆっくりとリビングのソファに腰掛ける。


「覚えてる? 初めて会った日。あんた、あたしのバッグ勝手に使ってたよね」


アヤカは息を呑む。

その記憶――たったひとつの“始まり”が、すべての引き金だった。


「なんで……ここまで執着するの?」


ミカは少し首をかしげた。


「執着っていうかね……“観察”してたのよ。

 あんたがどこまで堕ちていくか、どこまで登っていくか。

 まるで、動物園の檻の中のサルを見てるみたいに」


アヤカは、ゆっくりと拳を握った。


「で? 次は何? あたしを逮捕させるつもり?」


ミカは首を振る。


「それは面白くない。“終わらせる”だけ。全部ね。

 あたしの、あんたの、圭吾の、K2の――」


その名に、アヤカの表情が揺らいだ。


「圭吾は、あなたの味方じゃなかった。あたしの方にもいなかった。

 彼は、最初から“自分”のことしか考えてなかったの」


アヤカは思い出した。

あの夜、圭吾の無言の背中。

K2の売却、ブランド価値の暴落、支援者たちの離脱。

そして告発文書。


全部、圭吾が容認した。ミカと通じていたのかもしれない。


その夜遅く。

圭吾は自宅のオーディオルームにひとり座っていた。

目の前には二枚の封筒――ひとつはミカから、もうひとつはアヤカから。


彼は苦く笑った。


「……どっちにも“勝たせたくなかった”。それだけだよ」


彼は、自らの株を売り払った後、姿を消す。

週刊誌には「圭吾の海外逃亡説」が踊るが、誰も彼の行方を知らない。


ミカは、K2を買収した外資系ファンドの名義を静かに変える。

その企業の名は《NOEMA》――ギリシャ語で“知覚されたもの”。


そこから、アヤカのかつてのブランド《LILIA》の商標も消され、ミカが用意していた新たなブランドが立ち上がる。


一方、アヤカは――表舞台から完全に姿を消した。


だが、それは「消された」のではない。


アヤカは、マネーロンダリングと名誉毀損の容疑で一時拘束され、メディアに晒されたあと、すべてのSNSと連絡手段を断ったのだ。


一部では“引退した”“自殺した”と噂されるが、真実は闇の中だった。


――それから半年後。

マニラの裏路地、違法カジノの奥のバーで。

ひとりの女性が、ボトルのウイスキーを片手にカウンターでタバコを吸っていた。


短く刈った金髪、膝上丈の黒ワンピース、そして鋭い目つき。

地元のギャングが彼女に絡もうとしたが、即座に手を引いた。

彼女の背後には、小さな組織の構成員らしき男たちが控えている。


その女こそ――アヤカだった。


「“殺されなかった”だけマシだったわよ。ミカは徹底的だから」


そう言って笑う彼女の指には、今も一つだけ残った《LILIA》の指輪が輝いていた。


そして、最後のシーン。

夜の東京、表参道のガラス張りのビルの一角で、ミカは静かにノートパソコンを閉じた。


映し出されていたのは――マニラの防犯カメラ映像。

そこに映るアヤカの姿。


ミカはワインを一口飲んで、独り言のように呟く。


「……やっぱり、あなたは“消えない”女ね。でもそれでいい」


彼女は窓の外に目を向けた。

遠く、港区のネオンが、まるで燃え盛るように瞬いていた。


煌めきの裏側には、血と欲望と復讐が――今も静かに、渦巻いている。

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