第29章 崩れる前の静寂
港区・南青山。
緩やかな坂の途中にある、白を基調としたモダンなサロンビル。
その最上階、全面ガラス張りの空間でアヤカは取材を受けていた。
「元ギャル風俗嬢から、一代で成り上がったIT起業家。SNSでは“リアル港区女子のシンデレラストーリー”として話題ですが、成功の鍵は?」
アヤカは、カメラの向こうで記者の質問に微笑みながら答えた。
「正直言って、半分は運。でも、もう半分は“負けたくなかった”だけです」
嘘ではなかった。
ただし、その“運”の裏には、流血と裏切りと買収と取引がある。
誰もそれを知らないし、知ろうともしない。
彼女のブランド《LILIA TOKYO》は、今や若い女性たちの憧れになりつつあった。
だが、その裏では――。
深夜2時、銀座の高級バー「SUITE XIII」の個室。
三條圭吾は重い溜息をつきながら、バーボンを傾けていた。
「……最近、お前が“表”に出すぎだ。あいつ(ミカ)を刺激するなって言ったろうが」
「それ、嫉妬? それとも、あたしが“使える女”すぎて困ってる?」
アヤカはあえて挑発するように笑った。
三條は視線を逸らし、天井を見上げた。
「……ミカはな、消えてない。今も動いてる。俺の動き、全部読まれてる気がする」
「だったらさ――先に潰そうよ。今のあたしなら、“味方”も金も情報もある」
アヤカの言葉は冗談めいていたが、瞳は本気だった。
しかし三條は、うっすらとした笑みを浮かべて言った。
「……もう手遅れかもしれない」
同じ頃、都内のとある廃ビルの一室。
白いコートを羽織ったミカが、ノートパソコンを覗き込んでいた。
周囲には、かつて圭吾が切り捨てた旧K2メンバーたち――、暴力団崩れ、投資詐欺師、情報屋、風俗経営者らが集っている。
「……始めましょう、“K3計画”。」
そう言ってミカは一枚の写真を取り出した。
そこには――アヤカがテレビ出演している笑顔のシーンが印刷されていた。
「彼女の転落は、あっという間よ。あの子、自分が“頂点”にいると思ってる」
情報屋のひとりが言った。
「でもアヤカは圭吾に守られてる。下手すりゃ、また返り討ちに遭うぞ」
ミカは静かに笑った。
「圭吾自身が“崩れる”の。アヤカごと、ね」
翌週、K2の株式が突然、外資系ファンドに大量取得される。
そのファンドの“実質代表”は不明――だが裏でミカが糸を引いている。
アヤカの元には「圭吾が社の株を手放そうとしている」という噂が届く。
問いただすと、圭吾は短く答えた。
「もう潮時だ。次はお前の時代にすればいい」
その言葉は、妙に寂しげだった。
そして数日後、K2の内部で告発文書が出回る。
“セクハラ、脱税、企業買収の強要”――そこには、アヤカの名前も記されていた。
アヤカは激しく動揺する。
「……これ、ミカだ」
だが、証拠がない。
圭吾も守ってくれない。
役員たちは次々と距離を置き始め、SNSでは彼女のブランドを批判する声が増えた。
まるで、あの頃と同じ。
最下層へ突き落とされる“気配”――それが、アヤカを包み始める。
――そして、ある晩。
彼女のマンションのドアを叩く音がする。
開けると、そこには白いコートを着たミカが立っていた。
「ひさしぶり、アヤカ。元気そうで、なにより」
アヤカの喉が、ごくりと鳴る。
「……あんた、何を企んでるの?」
ミカはにっこり笑って答えた。
「全部よ。“あんたの人生”、もらいに来たの」