第26章 K2計画の胎動
「K2を潰すには、K2の根を知れ」
それが、非通知の電話の男が残した言葉だった。
五條誠を追い詰めることで満足していた自分が、いかに“表層”しか見ていなかったかを、アヤカは思い知った。
――K2計画。
それは風俗、薬物、未成年斡旋、議員への献金、暴力団との結託まで含む、国家ぐるみの“経済圏”。
自民党保守本流の一派と、経済産業省の特定官僚が結びついて進めていた――
「“表に出せない国家戦略”」だった。
その事実を、アヤカに最初に告げたのは意外な人物だった。
場所は新宿、深夜の高層オフィス街の一角にある古びたジャズバー。
グラスの氷が静かに音を立てる。
アヤカの向かいに座っていたのは、元週刊誌のジャーナリスト、佐伯知也。
現在は消息不明扱いだった男。
それがなぜか、彼女の前に現れた。
「五條の裏を暴いた?それは確かに凄い。でも、あいつは切り捨てられる立場だ。中核はもっと上にいる」
「誰?」
「通称、“鏡の会”」
「それって、ネットで都市伝説みたいに言われてる……」
「ああ。議員、官僚、経団連、公安、外資系金融。表に出ることのない“選ばれし日本人”たちの会合。それがK2の母体だ」
佐伯は古いレコーダーを取り出し、再生ボタンを押す。
《――あの娘は使える。従順なら、次の政治案件にも流せる》
《最初はAV、それから献金用のタレントに。国策と芸能は表裏一体だろ?》
《処分のときは“自死”に見せかければいい。マスコミには手を回しておく》
録音に映っていたのは、議員や官僚たちの会話だった。
笑い声とともに、若い少女たちの名前が連なっていく。
その中には、ミカの本名――「北條美佳」も、含まれていた。
アヤカの全身が凍りついた。
「ミカは、K2に“売られて”たってこと……?」
「彼女だけじゃない。お前のいた風俗グループも、K2計画の一部だ」
「……」
「本気で潰したいなら、やり方は二つ。“証拠”を握るか、“敵の中に入る”かだ」
アヤカは一瞬、躊躇する。
しかし、覚悟を決めたように顔を上げた。
「入る。K2の中心に」
数日後、アヤカは再び髪を染め、服を変えた。
今度は、煌びやかなギャルではない。
政治家の秘書“候補”という名目で、都内のロビー団体に身を潜り込ませた。
表向きは政策研究の勉強生、裏では“性接待の人材”として扱われる場所。
自ら進んで闇の深部へ潜り込む決断だった。
初日に連れて行かれたのは、麻布の高級料亭。
そこには既に五人の男たちが待っていた。
その中に、一人だけ異様な雰囲気の男がいた。
黒い和装、無言。
アヤカが目を向けると、彼だけがじっとこちらを見返していた。
その名は「三條圭吾」。
警察庁公安部のOBで、現在は某シンクタンクに所属。
K2の運営者の一人として、業界では“黒幕の影”と呼ばれていた。
「君がアヤカ……噂通りだな。君のような“火種”は、使い方を誤れば組織が燃える」
「私は、燃え尽きる覚悟で来ました」
「なら、歓迎しよう」
三條は初めて笑った。
その笑顔の奥には、すでに何かを見透かしたような冷たさがあった。
その夜、アヤカは初めて“本物の権力者たち”の空気を肌で感じた。
にこやかな笑顔、冗談、丁寧な仕草――
だが、それらすべてが「人を物として扱う者たち」の演技だった。
心が軋む。
吐きそうになる。
だが、彼女は鏡の前で微笑みを作り、呟いた。
「絶対に、ここから暴いてやる。あんたらの“煌めきの裏側”を全部、引きずり出してやる」