第24章 仮面の裂け目
深夜二時。ミカは一人、渋谷の小さなバーにいた。
店の奥の席でスマホを握り、何かを躊躇うように見つめている。
指先が止まっては、また動く。開かれたのは「Tor Browser」。
ダークウェブの投稿画面が表示されていた。
そこに表示されたタイトルは――
《K2計画:裏社会と政界の密約構造/供給元リストver.3》。
ミカの手が震えている。
だがその震えは恐怖ではなかった。むしろ――興奮に近かった。
「お前も、こっち側に来たんだな……アヤカ」
自嘲気味な声でつぶやくと、彼女は画面を閉じた。
翌朝。アヤカはミカと共に朝の新宿を歩いていた。
これまでになく晴れた日だった。
なのに、胸の奥はずっとざわついていた。
ミカの視線、言葉、歩調。何かが噛み合わない。
昨日感じた「違和感」が、もう誤魔化しの効かない濃度になっていた。
「ねぇ、ミカ」
「ん?」
「……あたしの“父親”が誰か、知ってた?」
ミカは、すっと歩くのを止めた。
「……うん。知ってた。ごめん」
アヤカの心臓が一瞬、止まった気がした。
「いつから?」
「出会ってすぐ。風俗店の面接票に、“出生地”と“旧姓”が書いてあった。それでピンときた。私、彼の秘書官だったから」
アヤカの頭が真っ白になる。
ミカの瞳は静かだった。泣いても笑ってもいない。ただ、澄んでいた。
「最初は、調査のために近づいた。でも……一緒にいるうちに、気づいたんだ。私は、あなたに惹かれてた。敵なのに」
「じゃあ、今も……裏切るつもりで?」
「わからない。でもね、アヤカ。あなたは本当に“使われる側”で終わる女じゃない。私にはない力を持ってる」
ミカはスマホを取り出し、アヤカに一枚の写真を見せた。
そこには、政治家の男とミカ、さらに企業幹部たちとともに笑顔で写るアヤカの“父親”の姿があった。
完全な“癒着の証拠”。これまでミカが黙って握っていた、決定的な材料。
「私にできるのは、ここまで。これであなたは、本当に一人になる。でも、もう誰にも頼らなくていい」
アヤカは言葉が出なかった。
ミカは最後にひとことだけ言った。
「次に会うときは、お互い別の名前かもしれないね」
そう言って、彼女は人混みへと消えた。
その晩、アヤカは六本木の高級ホテルにいた。
密かに招かれたパーティー。その裏側では、政治家と実業家の密談が行われていた。
アヤカはその中心に、自らの足で踏み入れた。
父親と再会するために。
復讐か、対話か――答えはまだ出ない。
けれど、彼女はもう迷ってはいなかった。
ミカという“仮面の友”を失った今、
彼女自身が“何を選ぶか”がすべてを決める。