第22章 蜜と毒の記憶
深夜、アヤカはレオと別れたあと、一人で港区の高級住宅街を歩いていた。ヒールの音がアスファルトに硬く響く。冷たい秋風が肌を刺すように吹き抜けるたび、記憶が次々と蘇ってくる。
——そういえば、父親という存在について、母は何も語らなかった。
「私一人で産んで、私一人で育てた」
それが口癖だった。
母は一時期、銀座のクラブで働いていた。店のVIP客として時折名前が上がっていたのが、あの男……。
政界の顔を持ちながら、裏社会とも繋がっている——アヤカの「父」。
思い返せば、全てが繋がっていた。母の急な病死も、家賃滞納で追い出されたアパートも、借金を背負わされた経緯も。
「私の人生は、最初から“捨てられる運命”だったのか」
アヤカは唇を噛んだ。
だが、もう涙は出なかった。悲しみは怒りへと変わり、その怒りが今、彼女を動かしていた。
次の日、アヤカはミカと再会した。
二人は、警戒しながらも抱きしめ合った。
「大丈夫だった? あんた、昨日から連絡取れなかったから……」
「うん。ちょっと、“深い話”をされてた」
アヤカはすべてを語った。出生のこと、レオから受け取った証拠、そして政界とのつながり。
ミカは驚きながらも、すぐに冷静になった。
「つまりさ……アンタの父親は、あたしたちが倒そうとしてた“敵の総元締め”ってこと?」
「そういうことになる」
沈黙が流れた。だがその後、ミカはにやりと笑った。
「最高じゃん。だったら逆に、武器になる」
アヤカは目を見開いた。
「アンタは“血縁者”なんだよ。裏を返せば、あたしたちはそのコネで動ける。表にも裏にも顔を出せる唯一の人間。それがアンタなの」
ミカの目は、ギラギラとした野心と戦略で満ちていた。
その目を見て、アヤカは思った。ミカはもう、昔の風俗嬢じゃない。
闇の世界で生き抜く術を身に付けた、したたかな女だ。
「私たち、勝てるかな?」
「勝たなきゃ意味ないよ。全員、地べたに這いつくばらせてやる。あたしたちが、てっぺん獲るんだよ」
アヤカは大きく頷いた。
この街で誰にも望まれず、誰にも期待されず、ただ“消費される存在”として生きてきた自分たち。
でも今は違う。自分たちの手で、人生の主導権を握る。
——煌めくネオンの下には、毒のように甘く、危険な未来が広がっていた。
だがアヤカは、もう恐れなかった。
その毒を飲み干してでも、自分の足で立つ覚悟があった。