第21章 終電後の密室
夜23時を回った渋谷駅。人の波が途切れた終電後、アヤカは改札の前で立ち止まっていた。
この時間にしか会えない人物がいる。——彼女にそう言ってきたのは、かつて逃げたはずの「港区」の世界で名を馳せるホスト・レオだった。
彼の正体が、ミカの言っていた「組織のパイプ役」——つまり、裏社会と政財界、そして風俗業界を繋ぐ橋渡しだとわかったのは、つい数日前のことだった。
レオとの再会は、10階建ての雑居ビルの最上階。照明の落とされたラウンジで、2人きりだった。
「久しぶりだな、アヤカ。昔よりも、ずっと“良い目”をしてる」
レオの声は甘く、それでいて冷たい。
「何が目的なの?」
アヤカの問いに、レオはグラスの中のウイスキーを回しながら答える。
「お前の父親が、何者か知ってるか?」
一瞬、鼓動が止まりそうになった。
「……どういう意味?」
レオはポケットから1枚の封筒を差し出した。
中には、一枚の出生届の写し。そこに書かれていた父親の名前は、アヤカが決して知るはずのない——
現在の現職国会議員であり、政界を裏で操るフィクサーと呼ばれる男だった。
「お前が売られたのも、風俗に落とされたのも、偶然じゃない」
「お前の存在は、“彼”にとって、都合が悪かった」
血の気が引く。
冷たくなる指先を見下ろしながら、アヤカは声を震わせた。
「私が、捨てられた……ってこと?」
レオは言葉を返さず、ただ静かに頷いた。
――人生のどん底にいたはずの自分が、実は“誰かの都合”で操作されていた?
怒りとも悲しみともつかない、黒くて重い感情がアヤカの胸を支配した。
「で、私はこれからどうなるの?」
レオは笑みを浮かべる。
「お前次第さ。奴らに利用されるか、それとも……“反旗を翻す”か」
アヤカは、再びグラスを持ち上げた。
ウイスキーを一口飲み干す。
その喉奥に火が走った時、彼女の目の奥に灯る光が変わった。
「私はもう、誰にも操作されない」
そう呟いた声は、小さくとも確かな戦いの宣言だった。