第一話
魔法と呼ばれる力がある.
それは少数の人のみが使える力である.
かつてその恩恵を得られたのは魔法使い達自身のみであった.彼らはその力を用いて人々を導いた.
ある魔法使いが魔法の恩恵を人々にも分け与えるべきだと考えた.そして彼は魔法を再現するもの,魔道具を開発した.
それはやがて高度化,複雑化し,魔法使いが使う魔法を凌駕した.魔法使い達はそれを管理する役割を担うようになった.
魔道具は社会全体に普及し,現代の生活においてなくてはならないものになった.魔法使いは魔法士と呼ばれるようになり,魔道具と同様に管理される側となった.
目が覚めると,見慣れない部屋に倒れていた.
昨日は自宅のベッドで寝たはずだ. ベッドから落ちたのか,そもそもここはどこなのか. 脳裏に疑問符を浮かべつつ,起き上がると, 目の前に少女が現れた.
「うわっ! 誰だ!」
自分と同じことを叫んだ彼女は自分と同じ動きで驚いている. 自分と彼女が全く同じ言葉を発し,全く同じ動きをするなどどれほど低い確率であろうか. そう思いよく見るとそれは鏡であった. そしてそれはさらに大きな驚きとなった. なんと,性別が変わっているではないか.
俺は男として十数年生きてきた. そして決して目の前の少女のような見た目ではない…はずだ. 不思議なことに男であった時の見た目や名前,家族や友人すらおぼろげにしか思い出せないが.
鏡を見ると,道を歩けば誰もが思わず振り向くような美少女がこちらを見つめ返す.
彼女は,エメラルドのような緑の目をしていて,髪は輝くような銀髪である.髪には赤いメッシュが入っていて銀髪とうまく調和している. 視線を下に向けるとゆったりとした服にもかかわらず大きな存在感を放っている胸部が目に入る.そこからさらに視線を下に動かすと,ジーパンに包まれたほどよい質感の脚部が目に入る. それらの存在を両手でも確かめると,程よい弾力が手のひらにかえってくる. そして,もっとも気になったところを確かめると,”ない”. 長年付き添ってきた相棒とは挨拶もしないまま永遠の別れとなってしまったようである.
ひと通り自分の体を確かめたあと,立ち上がってあたりを見回した.
鏡のほかに家具はなく,コンクリート製の壁や床は殺風景な雰囲気を助長している. 部屋の唯一の出口である扉から外に出ると,狭い路地裏に出た. 周囲には薄汚いビルやバラックが並んでおり混沌とした雰囲気が漂っている. 人気はあまりなく,小汚い恰好をした人々が時折こちらをうかがっている. 彼らにここはどこなのか聞こうと近づいても物陰に隠れて逃げて行ってしまう.
視線を感じながら路地裏を進んでいると,突然怪しい男たちに道をふさがれる.
「お前,ここを通りたきゃ’通行料’を払いな」
そういいながら男は手に持ったバットをちらつかせる.
「近づくな!」
男に抵抗しようとしたのが嗜虐欲を刺激したのか,男は下卑た笑みを浮かべた.
「生意気なのもそそられるなぁ~」
そういって手を私の体に近づける.
「近づくなと言っただろ! オレから離れろ!」
そう叫び,右手で男を押そうとした瞬間,奴は向こうまで吹き飛び,動かなくなった.
「まずい,こいつ魔法士だったのか!」
「さっさとずらかるぞ!」
残りの男たちは慌てた様子で離れていった.
ひとまず危機は去ったようだ. 吹き飛ばした奴の目が覚めても厄介なので私は襲われたところから離れた.
路地裏を移動していると,公園にたどり着いた. そこにあった木の下にあるベンチに座り,先ほどの出来事を思い返した. なぜ奴は吹っ飛んだのだろうか,なにか魔法にでも目覚めたのだろうか,
足元に落ちている小石で試してみよう.そう思い,右手を小石に向け, 小石が自分の手に飛んでくる様を想像した. すると体から力が湧き出し,右手から放たれる感覚があった. それと同時に小石が浮かび上がり,右手まで移動し,それを掴むことができたではないか. どうやら本当に魔法に目覚めたようだ. まるで某星戦争映画に出てくる騎士のようだ.
それからしばらくの間,周りに落ちている小石や枝などを魔法で自由に動かした. 小石を勢いよくとばしたり,枝同士でチャンバラをしたりと,魔法を使うことに夢中になっていた.
魔法で遊ぶのにも飽きてきたころ,こちらに歩いてくる人影に気が付いた. 全員黒っぽい制服を着ている. 先頭の人物は背の高い女の人で,黄緑色の髪に金色の目をしていた.
「お前がさっきまでここで魔法を使っていたな. 管理局まで一緒に来てもらおう.」
私の前に立った彼女はそう言った. 彼女の後ろには,何人かの全く同じ見た目をした男たちがこちらを威圧するように立っていた.
「もし断ったら?」
そう答えながら彼女を吹き飛ばそうとした瞬間
「問答無用だ.『拘束』」
体が動かせなくなったと同時に私は気を失った.