鬼の棲む石
始めは川向うの家だった
「おい、めしにしよか」
農作業を終えた主人が妻と一緒に帰宅すると、その家の子がいなくなっていた。
先ほどまで子供が遊んでいたであろう、どこからか集めてきた不揃いの石が地面に散らばっていた。
両親は近所で遊んでいると思い放っておいたが、夕方になっても帰ってこない。
慌てて近くを探し回ったが一向に見つからなかった。
村人総出で探したが社の近くで履物を見つけただけだった。
子供の年は7歳。女児。
髪はおかっぱに切りそろえられ、かわいい顔をしていたそうだ。
また幾日か経って一人いなくなった。
また子供だった。
同じく村人総出で探したが見つからなかった。
今度は社のある山の反対側から、いなくなった子のものと思える着物を見つけた。
村の者はこの事件に社が関わっているのではないかと疑念を持ち始めた。
しかし、社は神の領域であり、その地を治める荘園主。
都に住む貴族のものである。
迂闊な真似をしては村が咎めを受けてしまう。
やがて居なくなった子は5人になった。
ここに至って村人は村の代表を務める者を先頭に社に詰め寄った。
しかし社の人間が知る由もなく、あらぬ疑いをかけたと言う理由で村の代表は捕えられた。
村と社に溝ができてしまった。
村人は噂をする。
「あの石からうめき声が聞こえる」
「あの石が子供を呑み込んでしまったんだ」
「あの石は神ではなく鬼の住んでいる石だ」と
人々は石が鬼の呪いの元凶だと恐れだした。
社の名は大石の社
石(石)という字は醜つまり鬼に通ずる。
つまり大鬼の社というわけですか。
「というわけでございまして、この社には誰も寄り付かなくなってしまいました」
社の宮司は肩を落としている。
「それでわれら以外に、人がいないのですね」
「なんで村の代表を捕らえたのじゃ?話をしに来ただけじゃろうに」
姫がいつの間にか傍に来ていた。
「それが、村の連中が詰め寄りに来た時、時悪く藤原様の縁者の方が石を見物に来られておりまして、あれよあれよという間に捕えられてしまったのです」
「馬鹿者じゃな、その縁者というやつは」
姫はふんぬと鼻息を荒くする。
「その捕えられた方は今は?」
「お咎め自体はなんとか私もお願いして許して頂けたのですが、捕えられた際に怪我をしたようで、今も床に臥せっております」
「その藤原様の縁者と言う方は、どうされました?」
「次の見分地があるということで既に去られております」
宮司が頭を地面に着くくらいまで下げて言い募る。
「奇童丸様。いえ道満様。
このままでは参拝者がいなくなってしまいます。
いえ、この社が鬼の社とされてしまいます。
由緒あるこの社のため、奉られております二柱の神のために。
その都でも知らぬ者はいない知者としてのお力をお貸しいただけませんでしょうか。
なにとぞ、なにとぞお願い申し上げます」
弱りました。私は隠遁している身なのですが。
かと言ってこのまま捨て置くこともできません。なにより拐かされた子らの身が気になります。
その藤原様の縁者に目をつけられてもやっかいです。
「まかしておくのじゃ!奇童丸がパパっと解決してやるのじゃ!」
「姫、私はまだ何も」
「やらぬのか?
奇童丸よお主は既に踏み入っておるのじゃ、ここまで聞いておるお主が
このまま見過ごす事ができる男ではないとわれは知っておるぞ」
かなわないなこの人は・・・。
「わかりました。力になれるかどうかわかりませんが、やってみましょう」
「おお、ありがとうございます」
宮司との話を終えた私たちは、山を下りながらこれからのことを話す。
「奇童丸よ。で、子供をさらった犯人は誰じゃ?」
「まだわかりませんよ。情報が少なすぎます。
村の人間に子供がいなくなった状況を聞かねばなりません」
「そうなのか?奇童丸のことだからもうわかっているのかと思っていたわ」
この人は私を神霊か何かだとでも思っているのでしょうか?
山を下りて川向こうの集落に向かう。
小さな田が入り組んだ形であり、その田にはまだ背の低い稲が所狭しと植えられていた。
田の間にぽつぽつと家がある
「あそこらの家で話を聞いてみましょう」
「わかったのじゃ。わらわに任せるのじゃ」
何軒かある家の中で一番大きな家の戸を叩く。
「すいません。少しお話をお聞きしたいのですが」
「あんたら何者や?社の山から来たようやが。
見たところ都の人間やろ。
悪いがあんたらと話せるような上等な人間はここにはおらん。
帰ってくれへんやろか」
「われは築羽根。こやつは奇童丸じゃ。
子供が拐かされたと聞き調べに参った。
お主、何か知らんか?」
「奇童丸様ってーと、岸村の・・・。
あの奇童丸様で?」
「そうじゃ。その奇童丸じゃ」
「あんた様がそうかい。全くのよそ者ってわけでもないわけやな。
で、この村の子供がいなくなった件って言うてたが、あれはもうええ」
「どうしてでしょう。見つかったのですか?」
「いや、そういうわけやないが。
あれは鬼の仕業や言うて村の集まりで決まったんや
都のえらいさんが来て、うちのせがれがとっ捕かまってもうたからな。
わしらにはどすうることできへん。って思うことにしたんや」
「それで石のせいにして神様を鬼にしとるのか?」
「ああ、そうや。それでええんや」
「あほか!子供が可愛くはないのかおぬしらは!!」
「なんとでも言うたらええ。もう話すことは無いやろ。帰ってくれんか」
そのあと何軒か聞きに行ったがどこも同じような対応で終始したのであった。
この作品は播磨風土記などを基にしたフィクションです。
こういった事件などがあった事実はございません。
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