始まり
「あな情けなや。このようなあばら家で朽ちる運命とは・・・」
少女はそう呟きながら恨めしそうに愚痴る。
そして、縁側に腰かける男を見て、ため息をひとつついた。
ため息の相手は気にもせず、初夏の夜風を楽しんでいるようであった。
その横顔は月の明かりに照らされて怪しく、この世のものとも思えないほど美しく見えた。
「そう卑下するものでもないですよ。
ここはいいところです。
私の生まれたところですしね・・・」
月のように美しい男は、優しく笑いながら少女に向かって諭すように話しかける。
「そうは言うても、われはこんな田舎なぞ嫌じゃ。はよう都に帰りたい」
「そうじゃ、父上に手紙を書いてたもれ。
父上のことだから、われのことを心配してすぐに戻ってこれるように図らってくれるかもしれぬ」
「それはどうでしょうか。
私はあなたのお父上の命でここに来ることになりましたので・・・」
男は呆れるように少女に言葉を返す。
「嫌なのじゃ。われは都に帰るのじゃ。
ほれ、旦那様よ。
お主も都で嫌らしい噂を流されたままでは死んでも死に切れんじゃろ。
さっさと帰ってその噂の元を断ってこんかや」
ここに来て早や二か月。季節も変わろうとしていた。
岩倉様もどうしてこの人も連れて行けと言われたのか。
こうなるのはわかっていたでしょうに・・・。
「奇童丸。すまんがしばし都を離れてくれぬか」
岩倉様に頭を下げさせてしまうとは。
「招致仕りました。私のせいでご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
「いや、悪いのは儂だ。
おぬしが何もしとらんのはわかっておる。噂を流したやつもな。
根も葉もない噂だがそこに権力が絡むと、無いものも有るようにされてしまうのがこの都よ。
ましてやこんな時期ではな・・・
何も出来ぬ儂を許してくれ」
岩倉様は少し怒りを見せながら話してくださった。
岩倉様はよい方だ。こんな私のことでも気にかけてくださる。
その岩倉様がお連れしろと言われたのだから、何かわけがあるのでしょう。
「姫。明日はこの近くにある大きな石でも見に行きませんか?」
「石?石なぞ見てどうする?」
「気晴らしにでもなるかと思いまして。
私も幼き頃、見に行ったきりなので、一緒に参りませんか?」
「石などどこにでもあるではないか。ほれ、そこにあるのも石じゃろう?」
庭にある石を指さして尋ねる。
「そうですね。
ですが、私の言う石はあそこに見える岩山の社のご神体で「浮き石」と呼ばれております。
この家よりも大きな石ですよ。
遙か昔、大国主命と少彦名命が出雲国から播磨国へ命を受けて来られ。
ここに置いていかれたそうです」
「岩を置くとは変な神様じゃな」
「最初はこの地を鎮めるための石宮を造り上げようとしたそうです。
ですが乱があったため、宮を造るのを止めてしまい、そのまま置いて行ったということです」
「なんともお粗末な神じゃな」
「そうですね。でも二神はそのまま宮として使ったそうですよ」
「ますますお粗末じゃ」
「さらに年月が経ち、崇神天皇の御代のことです。
当時は疫病が猛威を振るっておりました。
帝の夢枕にその二神が立ち、二神と岩を奉れば疫病が退散すると告げたそうです。
これが社の起源になります。
そしてその巨大な石は、二神が“宮”と称していることから「石の宝殿」と呼ばれております」
「うーん、面白そうな岩なのはわかるのじゃが。
ただ石を見に行くだけというのもつまらぬのじゃ。
そうじゃ、話を聞かせておくれ。
われは毎日退屈で死んでしまいそうじゃ。
なにかもっと面白い話はないのか?
そうじゃな。・・・恋の話がいいの。
そなたは博識だろうし、何か知っておろう?」
また妙なことを言い出しましたね。
ま、夜は長いです。
何かいい話はなかったでしょうか?
男はその美しい顔を手で覆うようにして考え込む。
ふと手の隙間から怪しい目が見えると男は口を開いた。
「姫は吉備の国を存じておられますか?」
「そなたはわれの事を何だと思っている?
ここからさらに西に下った地であろう。それくらい知っておるわ。」
少女は少し胸を張って答える。
「よくご存じで。
では、その吉備地の平定に功のあった吉備津彦命・稚武彦命兄弟の事は存じておりますでしょうか?」
「し、知っておるぞ。あれじゃろ?・・・昔の偉い人じゃ!」
「・・・まぁよいでしょう。
その弟の方。稚武彦命に娘がおりまして、その名を「播磨稲日大郎姫」といったそうです」
「長い名前じゃ。覚えられん」
「そ、そうですか。
その播磨稲日大郎姫がたいそう美しいと評判で、時の帝の皇子だった大足彦尊、のちの景行天皇です。
その方が聞きつけ、妻問いに播磨へと出向かれたそうです。
姫は身を隠しましたが、尊に探し当てられ、2人は城宮というところで結ばれたそうです」
「なぜ隠れたのじゃ?」
「当時の求婚の作法だそうです」
あっさりと男は答える。
「奇童丸様に恋の話を聞いたわれが愚かじゃったわ」
はぁっとため息をついて少女は呆れたように言った。
聞いてきたのはあなたでしょうに。
たしかに姫の言う通り私は恋というものがよくわからない。
幼き頃から学問を嗜み、人並み以上にできました。
そして都に呼ばれ、
今はここにいます。
人から恨みを買うとは思っていませんでした。
それも女性からとは。
理由は岩倉様から説明されましたが、今でも納得はできておりません。
近しい人にも迷惑をかけました。
今はただ嵐が過ぎ去るように身を隠し、時が過ぎるのを待つしかないのでしょうか・・・。
「奇童丸様。なにを考えておるのじゃ?
ちと言い過ぎたかもしれん。謝るのじゃ。許してたも」
ああ、心配させてしまいましたか。
「いえ、大丈夫です。
あなたが気にいるような面白い話はないものかと考えていただけですよ」
「そうか!では早く思い出すのじゃ。
もっとこう情緒というか、心の機微が伝わるような話はないのか?」
「そうですね・・・ではこんな話はいかがでしょうか・・・」
そうして気持ちの良い初夏の風が吹く夜は更けていくのであった・・・。
翌朝、二人は大岩を見に山社に向かった。
「おおお、なんと大きな岩じゃ。すごいのじゃ奇童丸。おぬしもよく見るのじゃ!」
少女は昨日の様子とはうって変わって大はしゃぎで岩を見上げていた。
「ほれ、この岩の下。池になっておる。なんで浮いておるのじゃ?これが神の宮だからか?
不思議じゃ!奇妙じゃ!面白いのじゃ!」
「姫。あまりはしゃいでは池に落ちてしまいますよ。ほどほどにしてくださいね」
「奇童丸はどうしてそんなに落ち着いておるのじゃ!これを見て何とも思わぬのか?!」
あなたがはしゃいでいるからですよ。
そんな言葉を吞み込んで少女に話す。
「私は初めてではないですからね。昔を懐かしんでおりました」
「そうか奇童丸はこの地の生まれと言っておったな。
小さき頃に来たとも言っていた。
覚えておるぞ!」
姫、今の今まで忘れていたでしょう。
少女が嬉しそうに岩の周りをくるくると廻るのを見ながら休んでいると、
社務所の方で男がこちらを遠くから見ているのに気付いた。
この社の方でしょうか?
騒がしくしているので何事かと出てこられたのかもしれないですね。
何か言われる前に退散したほうがいいかもしれません。
「姫。そろそろ戻りましょう。そろそろお腹もすいてきたのではありませんか?」
「わかったのじゃ。でももうちっとだけ見せておくれなのじゃ」
やれやれ仕方のない方です。
では、あちらの方に一言お礼でも言っておくべきでしょうね。
そう思って社務所の方に振り向いた。
男は急に目が合ったのに驚いたのか、持っていた箒をとり落としてしまいました。
驚かせてしまったようです。
「もし、この社の方でございますか?」
「・・・はい、そうですが」
「騒がしくしてしまい申し訳ありません。すぐに去りますのでご容赦いただけますか」
「え、ええ。お元気なようで・・・。ごゆっくりで構いませんよ・・・」
「ありがとうございます。感謝いたします」
よかった。ひとまずこれでいいでしょう。
しかし、気になりますね。
先ほどから私の顔をじっと見られて、
何か私に言いたいことでもあるのでしょうか、この方は?
「あの・・・、奇童丸様でございますか?都に行かれた」
急に名前を呼ばれるとは思いませんでした。
「はい、そうですが。奇童丸は私というか、私の幼名になります」
「ああ、そうですか。そのお顔。もしかしたらと思いましたが。よかった」
私のことを知っている?どなたでしょうか?
「私はこの宮を管理しております。島と申します。
あなたのお母様とは幼き頃からの知り合いでして、
・・・
これも何かの縁でございます。
そのお力、お知恵を何卒お貸しいただけませんでしょうか?」
なにやらおかしなことになってきました。
姫がいつまでもぐるぐる遊んでいるからではないでしょうか。
まったく・・・。
新しい話を書き始めてしまいました。
楽しんで頂けましたら幸いです。
元ネタの整理や考察などで更新は不定期になります。
続きが気になる。楽しみにしてくださる方が多ければやる気がでて、命を削って書きますので
ブックマーク等頂けましたらうれしいです。
よろしくお願いします。




