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イライザとザラ。

その二人は洞窟の奥へと進んでいく。


イライザは金色の髪の毛。

ザラは茶褐色の髪の毛。

それをゆらゆらと揺らしながら。


洞窟内のひんやりした空気。


それが二人の身を包み――


「ちょっと冷たいね、ザラ」


「うん。日の光が届かないから、仕方ないよ」


そんな会話を交わし、互いに笑い合うイライザとザラ。


「それにしても、まさかイライザが勇者に選ばれるなんてね。正直、びっくりしたよ。もちろん、いい意味で」


そう言い。

ザラはイライザの横顔を熱っぽく見つめ、頬を赤らめる。


「憧れちゃうな、わたし。いままでずっとおんなじだと思ってた友人が、いきなり勇者様だもん。なんだか遠くいっちゃいそうで……わたし、寂しいよ」


そのザラの思いのこもった言葉。


イライザは足を止め――


「勇者になっても、ザラはずっとわたしの友達。遠くになんて絶対に行かないよ。約束する……うん、絶対に約束する」


そう声を発し、ザラの頬を優しく撫でた。


うっとりとする、ザラ。

そのザラに微笑み、イライザは更に言葉を続ける。


「ほら、行こうよ。この洞窟、まだまだ奥に続いてるよ」


「う、うん」


「手。もういっかい手、つなごうよ」


「……っ」


ザラは再び、イライザの手のひらを握りしめる。

その感触はとても温かく、そして柔らかい。


イライザは花のように笑い、前に向き直る。


ザラもまた熱っぽく頬を紅潮させ――


「生き餌、一匹目」


「えっ?」


「どうしたの、ザラ」


「今、なにか声がしたの」


「声? どんな?」


「いきえがどうとか……気のせいかな?」


不安げに後ろを振り返る、ザラ。


瞬間。


魔王ジークによる絶望の鐘。

それが、はじまりを告げる音色を奏でた。


「――ッ」


ザラの全身。

そこにかかる、抗いようのない力。


そして三度響く、声。


「餌の時間だ、下級魔物ウルフたち。存分に食らい尽くせ」


その声に、イライザとザラは覚えがあった。


そうだ、この声は。

この声の主は、間違いない。


「じ、ジーク?」


「で、でもどうしてあいつが――」


二人は、まだ知らなかった。

ジークが魔王になっているということを。


すぐに勇者とその仲間として旅立った四人は、知る術もなかった。


吹き抜ける風。

震える、大気。


洞窟の中の暗闇。


それがまるで波のように引き――


一人の魔王ジークの元へと収束していく。


そして、二人は視た。


その後ろに無数のウルフを従え。

赤くその瞳を輝かせる魔王ジークの姿を、はっきりと視てしまう。


はじまるは、捕食の宴。

駆け出す、無数のウルフの群れ。


「ひぃ」


ザラは青ざめ、逃げようとした。

だが、身体が動かない。


迫る、ウルフたち。


「たッ、助けて!! イライザッ、わたしまだ――ッ」


「うッ、ウルフ共め!! この迅雷勇者イライザが相手だ!!」


汗を散らし、叫ぶイライザ。

腰から剣を抜き、イライザはその刃に未熟な雷を込めていく。


「ガウッ!!」


飛びかかる一匹のウルフ。


それを切り捨て――


「ぃッ、いぃ!! 助けてッ、イライザ!! いたいッ、イタイッ、痛い!! いやッ、死にたくない!! ぁぐ……ぃ」


絶叫する、ザラ。


大量のウルフに噛みつかれ、ザラはその場に押し倒される。


「ぃだぃッ、ぃぎッ、いっ、ぃらぃ…ざ」


「ザラッ、今助ける!! たすけ――ッ」


「てめぇは魔王オレが弄んでから、餌にしてやる」


イライザの眼前。

そこに瞬時に現れる、ジーク。


そのジークの表情。

それは、被捕食者を見定めた捕食者のように欲望のままに歪んでいた。


「たすけ……いら、いざ」


虚しく響く、ザラの懇願。

地に倒れ、生きたまま下級魔物ウルフに喰われる感覚。

その苦痛は筆舌に尽くしがたい。


骨が砕かれ。

肉を引き裂かれ。

それでも意識を失わず、ザラは自らの身体が解体されゆく様をはっきりと知覚する。


腕を食いちぎられ。

びゃちゃりと、血肉を散らすザラ。


「て……わたしの手……て」


ザラが気を失わない。

その理由は、魔王ジークの力の賜物。


“部位ひとつひとつに意識を伴わせる”


という、対象を苦しめることだけを意識したジークの意思の結果だった。


「意識を保ったまま喰われるって、どんな感覚なんだろうな? まっ、食うほうにしてみればんなことどうでもいいか」


わざとらしく声をあげ、ジークはイライザの反応を伺う。


案の定。


「どッ、退け!! そこを退けッ、ジーク!! いじめられっ子の分際で迅雷勇者ワタシを舐めるな!!」


分を弁えず、イライザはジークに斬りかかる。

その胸中は、なんとかザラの元に駆け寄ろうという焦燥感で満たされていた。


イライザの表情。

それは今にも泣きそうなほど、追い詰められている。


そのイライザの必死な足掻き。


それをジークは人差し指と親指でつまみ受け止め――


「喚くなよ、勇者様。程度が知れるぜ」


そう呟き。

イライザの力のこもった刃。

それを、ぽきりとへし折った。


カランッと音をたて、イライザの手から滑り落ちた剣。


目を見開き、イライザはジークを見つめる。

その唇は震え、その顔にはくっきりと魔王ジークに対する畏れが刻み込まれていた。


「そ……そんな、そんな」


膝を震わせ、イライザは絶望の声を漏らす。


その耳に聞こえるのは、ザラの苦痛に彩られた声。


「ぃ……いたい……ぃたいよ、いらいざ。たすけて……たす…け」


腹を割かれ、内臓に食いつかれ。

目から生気を無くし、視線を中空にさ迷わせ。

それでも、イライザへ助けを乞うザラ。


「とも……だち、やく…そく」


「あッ、あぁぁぁ!! ザラッ、助ける!! 助けてあげる!! だからッ、だから!!」


叫び、頭を抱えその場に踞るイライザ。


「ゆ、勇者。わ……わたしは、迅雷勇者。そ、そうだ。勇者なのよ、このわたしは」


勇者。


“「迅雷勇者イライザ」”


わたしは、迅雷勇者。

わたしは、ワタシは。


歪む、イライザの視界。

揺れる、己の頭の中。


「……っ」


耐えられず。

自らの思いと共に、吐瀉するイライザ。


そんなイライザの前に膝をつき、ジークは弄びを開始する。


足元に転がった、折れたイライザの剣。


それを手にとり――


「なにもできなくてもこの魔王オレを楽しませることはできるよな? なぁ、イライザ……いい声で鳴け」


そう吐き捨て、躊躇いなく。


イライザの震える背中。

そこに、折れた刃先を突き立てた。

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