7
イライザとザラ。
その二人は洞窟の奥へと進んでいく。
イライザは金色の髪の毛。
ザラは茶褐色の髪の毛。
それをゆらゆらと揺らしながら。
洞窟内のひんやりした空気。
それが二人の身を包み――
「ちょっと冷たいね、ザラ」
「うん。日の光が届かないから、仕方ないよ」
そんな会話を交わし、互いに笑い合うイライザとザラ。
「それにしても、まさかイライザが勇者に選ばれるなんてね。正直、びっくりしたよ。もちろん、いい意味で」
そう言い。
ザラはイライザの横顔を熱っぽく見つめ、頬を赤らめる。
「憧れちゃうな、わたし。いままでずっとおんなじだと思ってた友人が、いきなり勇者様だもん。なんだか遠くいっちゃいそうで……わたし、寂しいよ」
そのザラの思いのこもった言葉。
イライザは足を止め――
「勇者になっても、ザラはずっとわたしの友達。遠くになんて絶対に行かないよ。約束する……うん、絶対に約束する」
そう声を発し、ザラの頬を優しく撫でた。
うっとりとする、ザラ。
そのザラに微笑み、イライザは更に言葉を続ける。
「ほら、行こうよ。この洞窟、まだまだ奥に続いてるよ」
「う、うん」
「手。もういっかい手、つなごうよ」
「……っ」
ザラは再び、イライザの手のひらを握りしめる。
その感触はとても温かく、そして柔らかい。
イライザは花のように笑い、前に向き直る。
ザラもまた熱っぽく頬を紅潮させ――
「生き餌、一匹目」
「えっ?」
「どうしたの、ザラ」
「今、なにか声がしたの」
「声? どんな?」
「いきえがどうとか……気のせいかな?」
不安げに後ろを振り返る、ザラ。
瞬間。
魔王による絶望の鐘。
それが、はじまりを告げる音色を奏でた。
「――ッ」
ザラの全身。
そこにかかる、抗いようのない力。
そして三度響く、声。
「餌の時間だ、下級魔物たち。存分に食らい尽くせ」
その声に、イライザとザラは覚えがあった。
そうだ、この声は。
この声の主は、間違いない。
「じ、ジーク?」
「で、でもどうしてあいつが――」
二人は、まだ知らなかった。
ジークが魔王になっているということを。
すぐに勇者とその仲間として旅立った四人は、知る術もなかった。
吹き抜ける風。
震える、大気。
洞窟の中の暗闇。
それがまるで波のように引き――
一人の魔王の元へと収束していく。
そして、二人は視た。
その後ろに無数のウルフを従え。
赤くその瞳を輝かせる魔王の姿を、はっきりと視てしまう。
はじまるは、捕食の宴。
駆け出す、無数のウルフの群れ。
「ひぃ」
ザラは青ざめ、逃げようとした。
だが、身体が動かない。
迫る、ウルフたち。
「たッ、助けて!! イライザッ、わたしまだ――ッ」
「うッ、ウルフ共め!! この迅雷勇者が相手だ!!」
汗を散らし、叫ぶイライザ。
腰から剣を抜き、イライザはその刃に未熟な雷を込めていく。
「ガウッ!!」
飛びかかる一匹のウルフ。
それを切り捨て――
「ぃッ、いぃ!! 助けてッ、イライザ!! いたいッ、イタイッ、痛い!! いやッ、死にたくない!! ぁぐ……ぃ」
絶叫する、ザラ。
大量のウルフに噛みつかれ、ザラはその場に押し倒される。
「ぃだぃッ、ぃぎッ、いっ、ぃらぃ…ざ」
「ザラッ、今助ける!! たすけ――ッ」
「てめぇは魔王が弄んでから、餌にしてやる」
イライザの眼前。
そこに瞬時に現れる、ジーク。
そのジークの表情。
それは、被捕食者を見定めた捕食者のように欲望のままに歪んでいた。
「たすけ……いら、いざ」
虚しく響く、ザラの懇願。
地に倒れ、生きたまま下級魔物に喰われる感覚。
その苦痛は筆舌に尽くしがたい。
骨が砕かれ。
肉を引き裂かれ。
それでも意識を失わず、ザラは自らの身体が解体されゆく様をはっきりと知覚する。
腕を食いちぎられ。
びゃちゃりと、血肉を散らすザラ。
「て……わたしの手……て」
ザラが気を失わない。
その理由は、魔王の力の賜物。
“部位ひとつひとつに意識を伴わせる”
という、対象を苦しめることだけを意識したジークの意思の結果だった。
「意識を保ったまま喰われるって、どんな感覚なんだろうな? まっ、食うほうにしてみればんなことどうでもいいか」
わざとらしく声をあげ、ジークはイライザの反応を伺う。
案の定。
「どッ、退け!! そこを退けッ、ジーク!! いじめられっ子の分際で迅雷勇者を舐めるな!!」
分を弁えず、イライザはジークに斬りかかる。
その胸中は、なんとかザラの元に駆け寄ろうという焦燥感で満たされていた。
イライザの表情。
それは今にも泣きそうなほど、追い詰められている。
そのイライザの必死な足掻き。
それをジークは人差し指と親指でつまみ受け止め――
「喚くなよ、勇者様。程度が知れるぜ」
そう呟き。
イライザの力のこもった刃。
それを、ぽきりとへし折った。
カランッと音をたて、イライザの手から滑り落ちた剣。
目を見開き、イライザはジークを見つめる。
その唇は震え、その顔にはくっきりと魔王に対する畏れが刻み込まれていた。
「そ……そんな、そんな」
膝を震わせ、イライザは絶望の声を漏らす。
その耳に聞こえるのは、ザラの苦痛に彩られた声。
「ぃ……いたい……ぃたいよ、いらいざ。たすけて……たす…け」
腹を割かれ、内臓に食いつかれ。
目から生気を無くし、視線を中空にさ迷わせ。
それでも、イライザへ助けを乞うザラ。
「とも……だち、やく…そく」
「あッ、あぁぁぁ!! ザラッ、助ける!! 助けてあげる!! だからッ、だから!!」
叫び、頭を抱えその場に踞るイライザ。
「ゆ、勇者。わ……わたしは、迅雷勇者。そ、そうだ。勇者なのよ、このわたしは」
勇者。
“「迅雷勇者」”
わたしは、迅雷勇者。
わたしは、ワタシは。
歪む、イライザの視界。
揺れる、己の頭の中。
「……っ」
耐えられず。
自らの思いと共に、吐瀉するイライザ。
そんなイライザの前に膝をつき、ジークは弄びを開始する。
足元に転がった、折れたイライザの剣。
それを手にとり――
「なにもできなくてもこの魔王を楽しませることはできるよな? なぁ、イライザ……いい声で鳴け」
そう吐き捨て、躊躇いなく。
イライザの震える背中。
そこに、折れた刃先を突き立てた。