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“「イライザ。そなたを迅雷の勇者として、選定する」”
先日、大聖堂にて行われた選定の儀。
そこで、自分の名前が呼ばれたときイライザは胸が張り裂けるぐらいの歓びにうち震えた。
勇者なんて夢のまた夢。
わたしのようになんの取り柄もない人間。
そんな奴が勇者に選ばれるはずがない
アレンやサファイアの名が呼ばれる中、イライザはそう自分へと言い聞かせていた。
“「焔勇者として、必ずや魔王を討伐してみせます」”
“「魔王。創水勇者のわたしが、討ち取ってご覧にいれます」”
そんな声を聞きながら、イライザは素直に拍手を送った。
選ばれて当然だ。
あの二人は勇者として、ふさわしい。
主役になるのは、あの二人。
いや、これから勇者に選ばれるであろう人全てがこの世界の主役になるのだ。
わたしのような落ちこぼれが選ばれるはずはない。
そうだ、きっと――
「迅雷勇者」
その言葉が響いた瞬間、周囲の視線が一斉に自分へと注がれた。
最初は夢だと思った。
だが、それは紛れもない現実だった。
送られる、拍手。
かけられる賛美の声。
それを受け、私は生まれてはじめて本物の優越感というものを知ることができた。
学園の中でのカースト。
その中でのちっぽけな優越感。
“「ねぇ、イライザ。見てよ、あのジークの姿」”
“「見てるこっちが気分が悪くなるわ。ああいう奴が俗に言う最底辺ってやつ?」”
“「はははッ、最底辺のその更に下だって!! 学園の中でさえあんな感じなのよ? 外に出れば……あー、ダメだ。想像しただけで鳥肌がたってきた」”
ジーク。
皆に虐められ続け、ずっとなにかに怯えていた被虐者。
その存在が、イライザに優越感という名の安堵を与えてくれていた。
下には下がいる。
私はまだ、マシなほうだ。
そんな思いを抱かせてくれていた。
だが、迅雷勇者に選ばれた瞬間から。
私は、ジークを見下すことにより得られる優越感よりもっと大きくてもっと安心できる安堵というものを得ることができた。
そうだ、私の下には――
たくさんの下が居る。
ジークという最底辺なんて、もう相手にする価値もない。
“「ほんとにあんな最底辺にだけにはなりたくない」”
ジークの姿を見つめ、私はそう言った。
下には下がいることの安堵と自己肯定。
その思いが、迅雷勇者の心の拠り所にして存在意義だった。
***
とある街。
そこにある、冒険家ギルド。
その中で、ジークはイライザが受けた依頼についての情報を収集していた。
そして得た、依頼内容。
それは――
森林に潜む下級魔物の討伐。
「これが勇者様の初依頼か」
「えぇ、まだ勇者様の力は未熟ですので、仕方ないです。ですが……勇者に選ばれた彼女なら、きっとここから成長していきます。なにをいっても、勇者に選ばれたお方ですし。それに勇者様のご友人たちもお仲間として、ご一緒に向かわれましたので失敗はあり得ないですね」
「まっ、楽勝だろうな」
「そうですね。経験を積むには最適の依頼です」
そんな他愛もない受付と冒険家の話し声。
それを聞き終え、ジークはギルドの外へと出た。
そして――
「経験? んなもん、積ませるわけねぇだろ」
そう呟き、迅雷勇者パーティーの向かった森林へと歪んだ意識を向けた。
「おーい、イライザ。少し休もうよ」
街外れの森の中。
そこに、明るい女の声が染み渡る。
その声に振り返り、イライザは手を振って応えた。
「こっちで休もうッ、ちょうどいい洞窟があったからさ!!」
肩のあたりまで伸びた金色の髪の毛。
透き通った黒色の瞳。
自信に満ちた顔つき。
初々しい冒険家の服装に身を包み、腰に剣を携えたその姿は駆け出しの勇者そのもの。
迅雷勇者。
その力を極めれば、雷を操り闇を砕く最強の勇者になりえる逸材。
だが、その反面。
成長に時間がかかることも、一種の弱点だった。
そんな発展途上のイライザへ笑顔を向け、「洞窟? へぇ、そんなのあったんだ」と返し、声の主は楽しそうに駆け出した。
名をザラといい、イライザとは仲の良い親友。
学園の中でもいつもイライザの側にくっつき、行動を共にしていたイライザにとっても唯一無二の友人。
それが、ザラだった。
「わぁ……ほんとだ、洞窟がある」
「わたしも今見つけたんだ。中に入ってみよっか?」
「ちょっと怖いな。皆が来るまで、待ってようよ。すぐにみんな追い付くと思うからさ」
この森にはザラ以外にも二人、仲間が居た。
曰く、学園での友人で剣士見習いのシュウと治癒師見習いのマリア。
二人ともまだまだ実力は伴っていない。
だが、迅雷勇者の目から見て信頼のおける人物だったので仲間として行動を共にしているのだ。
「大丈夫だって。わたしが居るんだよ?」
イライザは笑って見せる。
「迅雷勇者に選ばれたわたしが居れば、大丈夫。それにこの森には下級魔物しか居ないって話だし、怖がる必要なんてないって。ほら、いこ」
「そうだよね。うん、わかった」
ザラは頷き、差し出されたイライザの手のひらを握りしめた。
そして二人は、洞窟の中へと足を踏み入れていってしまった。
その二人の姿。
それを、ジークは遠目で見つめ唇をつりあげる。
そして、ジークの足元に転がる“二つ”の食い荒された亡骸。
それを蹴りあげ――
「下級魔物の餌にはもってこいだな、このゴミ共は。まっ、餌としての価値しかねぇから仕方ねぇか」
そう呟き、魔王は自身の腰に頭をこすりつける下級魔物たちの身体を優しく撫でた。
「さて、次は迅雷勇者の肉を食わせてやる。勇者様の肉を食えるなんてそうそうねぇしな。生き餌がよけりゃ、それでもいいぜ」
「ガウガウッ!!」
「よし、決まりだ。行くぞ」
「ワォーン!!」
下級魔物。
その魔物を引き連れ、ジークは洞窟へと向かっていく。
そのジークの心は、ひどく愉悦に満ちていた。