5
なにが起こった。
なにが、起こった。
回らない頭で、サファイアは懸命に答えを出そうとする。
しかし、答えは出ない。
いや、出せる精神状態ではなかった。
ふらふらと平衡感覚を保ちながら、後ずさりをはじめるサファイア。
「え…っと……どうして? 見えないの……かな?」
虚しく響くのは、サファイアの問いかけ。
「あははは。おか……しい。変だな? わたしは勇者なのに」
その声に応えるは、ジーク。
ゆらりとその足を踏みしめ、サファイアの元へと近づきながら言葉を返していく。
「まだ終わらねぇぞ」
言いきり、ジークはサファイアの眼前に立ち止まる。
そして、蔑むように声を投げ掛けた。
「題目は八つ裂き。主役はてめぇで、脇役は俺だ」
「やつ……ざき?」
「あぁ、好きだろ? てめぇはいつも“題目”をつけていじめを鑑賞してたもんな。面白かったか? そりゃそうだろうな。絶対的な安全圏から、最高のショーってやつを見れたら誰でも気分が高揚しちまう」
汗が滲み、しっとりと湿ったサファイアの髪の毛。
それを掴みあげ、ジークはサファイアの青く透き通った瞳を真正面から見据える。
サファイアは、「ひぃっ」と声をあげジークの元から離れようと抵抗を試みた。
「いッ、いじめなんてかんしょうしていない!! わッ、わたしはいじめなんてしたおぼえなんてない!!」
「情けねぇな。勇者様だろ、てめぇ」
「そんなの関係ない。はッ、はなして!!」
血を散らし、サファイアは絶叫する。
その姿からは、先程まで図に乗っていた創水勇者としての自尊心は欠片も感じられない。
「じッ、ジーク!! あなたはそんな考えだからみんなに虐められていたのッ、そんな被害妄想をしてるから――ッ」
「……」
無言で。
ジークはサファイアの頬に拳を叩き込む。
聞く価値もないサファイアの戯れ言。
それをこれ以上、ジークは聞きたくはなかった。
「やッ、やめ――ッ」
二発目を、叩き込むジーク。
サファイアは「ひっぐ」と涙目になり、弱々しくジークを見つめる。
だが、ジークは止まらない。
「女だからって、魔王が手を抜くと思うなよ? てめぇは勇者。俺は魔王。そのことに変わりはねぇからな。被虐者と加虐者。その立場が逆転したことに、そろそろ気づけ」
そう吐き捨て、ジークはサファイアへ足払いをかける。
勢いよく倒れ――
サファイアは側頭部を床に叩きつけ、嗚咽を漏らす。
その上に馬乗りになり、ジークは“虐殺”を開始する。
「八つ裂きで済ませてやろうと思ったが……やめだ。細切れにしてやる」
「いッ、いやぁ!! ジークッ、わたしは勇者!! 勇者なのッ、わかる!?」
「そろそろ、黙れ」
声を落とし、サファイアの口を無理矢理開かせるジーク。
そして、その瞳を赤く輝かせ――
「舌が邪魔だな」
そう言い、サファイアの口の中。
そこへと、“捻り切り”の意思を表明した。
捻り切られる、サファイアの舌。
サファイアは激痛に身をよじり、悲痛に満ちた嗚咽を漏らす。
「ん……っぐ」
口内に満たされる血。
吐き出そうにも、仰向けに顔が固定されている為どうすることもできないサファイア。
そのサファイアを見下ろし、ジークは嗤う。
「勇者になって虐められるとは思わなかっただろ? ははは。しかもその虐めをしている奴がてめぇらが虐めていた魔王だときた」
「ん……っ…ん」
「今更後悔しても遅いぜ、勇者様」
血だらけのサファイアの口内。
そこに人指し指と親指を差し入れ、千切れた舌をつまみ上げるジーク。
そしてそれをゴミのように放り投げ、更なる意思を表明しようとする。
「これでてめぇの味覚は失われた。次は、聴覚でも失ってみるか?」
「ぃ……っ」
「なにか喋れって。あっ、舌がねぇから話せねぇか」
鼻で笑い、ジークはサファイアの両耳を握りしめる。
左手と右手。
その両方をもって、両耳を強く強く捻る。
「――ッ」
サファイアはもがき、苦しむ。
片目からは涙。片目からは血を流しながら。
「痛いか? はははッ、そりゃ痛いよな!? それが目的で虐めてんだから当たり前だ。もっと、苦しめ。もっと悶えろ。もっと……後悔を垂れ流せ」
ジークの声。
そこに宿る、憎悪。
憎悪が魔王を更に強くし、最凶にする。
サファイアには最早、抗う術も気力もなかった。
ただ、魔王にこの命を弄ばれるのみ。
“「これ以上の喜劇はないわね。ジーク、貴方はほんとにいい玩具よ」”
走馬灯のように流れる、己の発言。
今更、取り消すこともなかったことにすることもできない。
反省できるものなら――
「おい、感傷に浸ってんじゃねぇぞ?」
サファイアの懺悔を砕く、ジークの声。
そして同時に、引きちぎられるはサファイアの両耳。
サファイアはその身を痙攣させ、死に物狂いでジークへと「殺してくれ」という思いをぶつける。
その片目となった青色の瞳。
そこに、弱々しく生気を宿しながら。
サファイアの生への諦め。
それを受け、ジークはサファイアから引きちぎった耳を投げ捨て応える。
「まだ、片方の視覚。それに触覚と嗅覚が残ってんだろ? 死ぬのは、その後でも充分だ」
「……っ」
「最初に言ったよな? 弄んでやるって、言ったよな? 有言実行ってやつだ」
ジークはそう言いきり、絶望に堕ちたサファイアへの虐めを更に続けていく。
その光景はまさしく、魔王の独壇場。
未熟な創水勇者には、足掻くことも抗うこともできようはずもなかった。
時間にして、僅か30分。
魔王と創水勇者の邂逅は、ジークの一方的な虐殺でその幕を下ろす。
室内は勇者の血で染まり、まさしく“絶望”という名にふさわしい光景に変貌していた。
充満するのは、血の臭い。
その赤に染まった部屋の中央。
そこで、ジークは溢れる高揚感にその身を委ねていた。
殺った。
殺ってやった。
ざまぁみろ、サファイア。
内心で歓びを呟き、ジークは己の足元に転がる“サファイアだったモノ”に視線を落とす。
全ての感覚を失い――
最後は魔王の手により頭を捻り潰され、ダークフレアで焼かれた創水勇者。
青色の数本の髪の毛。
それだけが唯一、サファイアを判別する遺物だった。
その遺物もとい髪の毛を踏みつけ、ジークは最後の手向けとばかりに言葉を残す。
「創水勇者、てめぇの死に様はお笑いものだったな。題目をつけるなら“魔王に壊された玩具”ってところか? それとも、“肉片にされた雑魚勇者”か? まっ、どっちにしても随分楽しませてもらったぜ」
歓喜はあれど、後悔は一片もない。
魔王として、被虐者として。
当然のことをしたまで。
魔王の使命。
それは、勇者を倒すこと。
被虐者の悲願。
それは、加虐者に復讐すること。
その2つを、ジークは同時にこなしただけ。
その方法がどうであれ、誰に文句を言われる筋合いはない。
そんな思いを胸に、次なる目標へと意識を向けたジーク。
勇者は、まだ残っている。
身を翻し、ジークは部屋を後にしようとする。
そのジークの視線の先。
そこには、魔王の闇に侵された従者が膝をつき虚ろな瞳で中空を見つめていた。
そのソフィの元に歩み寄る、ジーク。
そしてソフィの眼前に立ち止まり、ソフィの光を失った眼差しを見下ろす。
「……」
ジークを見つめる、ソフィ。
そこに自我は微塵も感じられない。
そして、そんなソフィを見つめるジークの目。
そこには創水勇者に向けていた憎悪はなく、あるのは理性を伴ったジークの人としての光。
ソフィはジークにとって、復讐対象でも抹殺対象でもない。
この従者は、ただサファイアに付き従っていただけの少女。
だとするならば――
ジークはソフィを抱え、宿屋の外へと“転移”の意を表明する。
瞬時に。
二人は宿屋の外に現れ、冷やかな夜風に吹かれる。
ジークはソフィを足元に下ろし。
その頭に手のひらを載せ、“記憶消去”を施す。
そして、ソフィを侵していた自身の闇。
それを瞬きひとつで霧散させ、ソフィを解放した。
「……っ」
意識を取り戻す、ソフィ。
そのソフィを後ろに置き、なにも言葉をかけることなくジークはその場を後にする。
魔王。
その身から漏れるのは漆黒。
その漆黒を夜の闇に同化させ、ジークは歩を進める。
勇者を。加虐者たちを。
一人残らず――
この力をもって復讐する為に。