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「勇者様。創水の勇者様」
「なーに? わたし、今すっごくいそがしいの」
「お耳に入れたいことがございます。少しばかりお時間をいただければ、幸いです」
宿屋の一室。
そこで、創水の勇者ことサファイアは従者少女と会話を交わしていた。
自身の青色の髪の毛をかきあげ――
「いいわ、話して。でも手短にお願いね」
サファイアはソフィの言葉に応える。
その意を受け、ソフィはちいさく頷き続けた。
「先日、学園で起こった出来事。創水の勇者様のお耳には既に入っていることとは存じます」
「えぇ、聞いたわ。なんでも焔勇者を含む学園関係者が数人、何者かに殺されたって話よね?」
「はい。殺した者の行方は未だ不明。学園やしかるべき機関が血眼になってその者を捜索しておりますが――」
「見つかっていない。そうでしょ?」
「……」
こくりと頷く、ソフィ。
その反応を受け、サファイアは更に言葉を続けた。
「そんな話ならわざわざわたしの耳に入れる必要なんてないでしょ? わかりきってることじゃない」
そう言いきり、鏡に向き直るサファイア。
鏡にうつる、自身の整った顔。
その姿にうっとりとし、「やっぱり勇者に選ばれるべくして選ばれたとしか言いようがないわ」と自分で自分を持ち上げるような発言をする、サファイア。
その姿にソフィは同意しつつ。
「ですが、少し不穏な情報も聞こえて参りました」
「不穏な情報?」
変わったソフィの声のトーン。
それにサファイアもまた、少し表情を陰らせた。
ソフィは言葉を続ける。
「生き残った……いえ、“見逃された“者たちは口々にこう言っているようです」
ちいさく息を吸い込み――
「“魔王“。魔王にみんな殺られた、と」
ソフィはぼそりと呟く。
その呟きに、サファイアはしかし笑って返す。
「魔王? あの、ジーク? ははは……いいわ、返り討ちにしてあげる。ソフィ、今までの魔王と勇者と戦績は知ってるわよね?」
椅子から立ち上がり、創水勇者は青色のオーラをたぎらせる。
「焔勇者とわたしは違う。きっと油断したのよ、浮かれていたのかしら。 でもわたしは油断はしない。魔王であっても人間。きっと、勝算はある。サファイア家の魔法の質。それって、学園の比にならないってこと……ソフィは知ってるわよね?」
「はい、承知しております」
「旅立ち前に魔王とやりあうのも、なかなかできるものじゃない。いい準備運動になりそうね」
そう声を発した、サファイア。
その顔には、余裕の二文字しか踊っていなかった。
いじめられっこ。
あのゴミのような奴に、自分は負けない。
サファイアはそう内心で呟き、甲高い笑いを響かせた。
***
「……」
とある宿屋の一室。
そこを見上げる、ジーク。
その目には確かに、創水勇者の姿が映し出されている。
魔王の力。
その力は、ジークが思っていた以上の更にその上をいっていた。
対象の居場所を捉え、瞬時に捕捉する。
魔王の瞳は、それだけのことをいとも簡単にしてみせた。
“「ははは、いい見世物ね」”
取り巻きを引き連れ。
ジークが虐められていた光景。
それを、まるで喜劇を鑑賞するかのように見つめていたサファイア。
“「今日の題目は理不尽な暴力と言ったところね。ジークが主役になるにはぴったりの題目じゃない」”
ジークの脳裏に蘇ったのはそんな言葉。
サファイアの侮蔑に満ちた声だった。
「さて、次の題目は八つ裂きといこうか」
ジークはそう呟き、宿屋の一室に居るサファイアへと憎悪を募らせた。
***
創水勇者。
その力を極めれば、水を創り自在に操ることができる。
水が在る場所で敵は無く、たとえ相手が魔王であろうとも一筋縄で勇者を倒すことは不可能。
だがそれは、力を極めた時の話。
各地を周り、“勇者”として成長できなければその力を行使することはできない。
そのことは、サファイア自身もよくわかっていた。
だが、魔王がジークとなれば力を極めずとも勝てるとサファイアは踏んでいた。
“「……っ」”
顔面を腫らしボロ雑巾のように蹲っていたジーク。
その弱々しい被虐者の姿。
それが、サファイアの頭に鮮明に思い出されていた。
あんな姿を晒していた奴に。あんな無様な負け犬に。
このサファイアが負けるはずがない。
たとえ勇者の力が未完成でも、創水勇者はジークには負けない。
サファイアの心に渦巻く自信。
しかし、その自信は脆くも崩れ去ることになる。
そのきっかけは――
「勇者様。少し、表に出てきます」
そんなソフィの言葉からだった。
「どこに行くの?」
「明日の旅立ちに備え、薬草を買ってきます」
「そんなの明日の朝でもいいじゃない。今日はもう遅いんだから、無理しなくてもいいわよ」
「いえ、行ってきます。創水勇者様の朝のお目覚めのお時間。それが少しでも遅くなるように」
ソフィはそう言いサファイアに笑いかけ、部屋を後にした。
心の底から、サファイアは思った。
ソフィを自分の従者にして良かったと。
閉められた扉。
それを見つめ、サファイアは明日からはじまる勇者生活に胸を膨らませベッドに寝転んだ。
魔王。
その存在のことを微塵も考えることもなく。
だが、その数刻後。
「ゆ、勇者様。お客さまです」
震えた、ソフィの声。
その声が室内に響いた時、全てが打ち砕かれた。
「お客様? 誰?」
「さ、創水勇者様がよく知っておられる御方です」
「わたしが知ってる人? うーん……わから――」
「魔王だ。さっさと出ろよ、勇者様」
染み渡った声。
それは確かに――
「ジーク?」
あの被虐者のもの。
「端からわかってんだろ、サファイア。この従者を巻き込みたくなけりゃ、面を貸せ。さもねぇと、この街ごとてめぇを消し飛ばしてやるぞ?」
魔王の声。
そこには、確かな敵意がこもっていた。
サファイアはしかし、余裕を崩さない。
「いいわ、ジーク。勇者として貴方の相手をしてあげる。場所は? ご指定はあったりするの? なんならここでもいいわよ? どこでやろうと結果は変わらないでしょ」
「そうか。なら、決まりだ」
声と共に、弾け飛ぶ扉。
そして――
「ここで弄んでやるよ、創水勇者」
迸る漆黒。
それを纏い、魔王はサファイアをその瞳におさめた。
そのジークの脇には銀髪少女の従者。
明らかにジークの闇に侵され、その目には一片の光も宿っていない。
「その娘は関係ないでしょ?」
「人の心配よりてめぇの心配でもしてろ」
「ふーん……ジークの分際で言ってくれるじゃない。少し、お仕置きが必要ね」
サファイアの思い。
それを現すかのように、サファイアを青白いオーラが包み込んでいく。
「貴方には負けない。魔王? そんなもの恐れるとでもおもっ――」
ぐちゃっ。
瞬きひとつ。
ジークは、サファイアの左目に“抉れろ”という意思を表明する。
「……っ?」
ぽたりと。
左目のあった部分から滴る血。
暗転した自分の左の視界。
「え……っ…え?」
サファイアは痛みを忘れ、呆然と己の抉れた左目を抑えた。




