3
「痛いッ、痛い!!」
「死んじゃうッ、千切れちゃう!!」
「おッ、お願い!! もうやめ――ひぎッ」
響く悲鳴は、絶望に満ちている。
夜に落ちた学園。
その中で、ジークは憎悪の赴くままに加虐者たちを虐め弄んでいた。
ある者は片足の骨を砕かれ。
ある者は手足を見えぬ力で拘束され。
ある者はジークの足元で踞り、震えてた。
ジークは教室を周り、そこに残っていた生徒たち。
その中で。
ジークはいじめに荷担していた者たちを選別し、徹底的に痛めつけていた。
“「なんだジークじゃねぇか。なにか用か?」”
“「くっさいって。なに? わたしたちに文句でもあるの?」”
“「文句? はッ、文句があるのはこっちのほうだ!! さっさと俺たちの目の前から消えろ!! 目障りなんだよ!!」”
“「はははッ、ちょっと言い過ぎだって!! まっ、目障りなのは確かだけどさ」”
勇者様の旅立ち送別会。
その準備をしていた、愚か者共。
焔勇者が死んだ。
そのことも知らず、吠えていた面々。
ジークが魔王になった。
そのことを知らぬ彼等の中でジークは未だ、底辺のゴミクズに代わりはない。
だが、ジークが“虐め”の意思を表明した瞬間。
状況は一変した。
「許してッ、お願い!! もうじませんッ、ジークを馬鹿になんてしない!! だからッ、だから――」
「吠えてろ、雌犬」
足元にすがる女子生徒。
その顔面を蹴りあげ、ジークは手のひらをかざす。
そして表明される意思。
「犬の分際で服なんて着てるんじゃねぇぞ」
「――ッ」
女子生徒のローブ。
それが千切れ消え、女子生徒はその身を外気に晒してしまう。
女子生徒は「……っ」赤面し、ジークを涙目で見上げる。
その姿は、雨の中に捨てられた子犬のように哀れであった。
しかし、ジークの心は揺るがない。
その女子生徒の前に膝をつき、その頭を掴み。
「俺はてめぇらを許さない。たっぷり虐めてやるから覚悟しとけ」
そう声を発し、勢いよく平手打ちを食らわせる。
女子生徒はその場に倒れ込み、嗚咽を漏らし泣きじゃくるのみ。
その泣き声に、他の生徒たちも更なる絶望へと突き落とされてしまう。
もはや、ジークはあのジークではない。
今自分たちの前に居るのは、ゴミクズだと罵っていたジークではない。
「送別会か。お前らの命の送別会になっちまうかもな」
ジークは嗤い。
下らない餓鬼じみた内装に向け、ダークフレアを撃ち放っていく。
そして追い討ちとばかりに――
「送別会の主役の勇者様ならあっちの教室でお陀仏になってるぜ。はははッ、首をこう引きちぎられてな!!」
そう吐き捨て、嘲笑を送る。
生徒たちは血の気を引かせ、ジークから遠ざかろうとした。
だが、ジークの意思がそれを許さない。
「まだ動けるか。なら、もう少し力を込めてやるか」
表明される、意思。
魔王の力。
それは、ジークの意思ひとつでその強弱を調整することが可能だった。
ジークの意思を体現し――
捻り切られるは、加虐者たちの両手。
刹那に広がるは、絶望と苦痛に満ちた加虐者たちの叫び。
そして、その声を聞きジークは更に声を張り上げた。
「助けを呼べよ。なぁッ、おい!! はははッ、勇者様でもいいぜ!! それとも先公か!? 誰でも呼べよッ、この俺がまとめて返り討ちにしてやる!!」
「たッ、助けて!! 誰かたすけて!!」
ジークの言葉。
それを受け、ローブを失った女子生徒は死に物狂いに声を張り上げた。
腫れた頬に涙を伝わせ――
「殺されるッ、わたしたちはジークに殺される!!」
女子は、哀れみを誘うような叫びをあげる。
それに呼応し、他の生徒たちも声をあげた。
「助けてッ、助けて!!」
「殺されるッ、痛い!!」
「死にたくないッ、嫌だ!! 助けて!!」
その助けを求める声。
その声を聞きながら、ジークはいいことを思い付く。
それは――
「後10秒以内に誰かがこなけりゃ、一人殺す」
時間制限による加虐者の弄び。
“「おい、ジーク。後10秒以内にパンを買ってこい。さもねぇと、わかってんな?」”
かつてジークがされた虐め。
与えられた時間制限。
それ以内に言われたことができなければ、容赦なく拳を腹へと叩き込まれた。1秒遅れるごとに一発。ひどい時には、100発以上拳を全身に叩き込まれたこともあった。
「てめぇらが俺によくやってくれたことだよな? ほらッ、さっさと助けを呼べよ!! 後、5秒もねぇぞ?」
ジークは一人の男子へ手のひらをかざし、煽ってやる。
ジークに命を握られた生徒たち。
顔から血の気を失せさせて焦燥し、懸命に声を張り上げ助けを呼ぶ。
3。2。1。
進む、ジークのカウント。
そして「0」とジークがカウントを終えた瞬間――
開かれたのは、扉。
そして、響いたのは。
「なッ、なにをやっている!!」
「声がしたと思えば……なんだ、これは」
「ジークッ、お前がやったのか!? 全くッ、なんてことをしてくれたの!!」
怒りに満ち。
それでいて、あきれるような声だった。
生徒たちは安堵の表情をたたえる。
そして――
「せッ、先生!! じ……ジークが」
「いたい…いたい。いたい」
「助けて、先生」
そんな声をあげ、加虐者たちは勝ちを確信したような表情をたたえた。
現れたのは、三人の先生。
曰く。
この学園の中でも指折りの魔法使いだった。
「ジーク。ちょっとこっちに来い」
「少し、話がある」
「貴方がどんな術を使ったのかは知らない。だけど、先生としてどんなことがあろうと見過ごすわけにはいかない」
互いに頷き合い、三人はジークに向け敵意をあらわにする。
ジークは振り返り。
しかしその顔に溢れるは揺るぎない自信。
迸る漆黒。
瞬く、深紅の眼光。
そして、呟かれる。
「いい余興になりそうだ」
そんなジークの言葉。
同時に、ジークは男子生徒を仰ぎ見る。
そして――
「あぁ、そうだ。カウントが0になっちまったからてめぇは死なねぇとな」
そう吐き捨て、男子生徒の頭を見えぬ力で弾き飛ばした。
途端、ジークめがけて放たれる3つの魔法。
火の魔法――フレア。
水の魔法――アクア。
雷の魔法――サンダーチェイン。
そのそれぞれが各属性において上級に位置づけられる代物。
そしてその魔法の後に続くのは、魔法使いたちのジークの人格を否定するかのような罵り声。
「命をッ、貴様は命をなんだと思っている!?」
「学園……いえ、これは生命に対する侮辱」
「人として踏み外してならない道。それをお前は今、踏み外した」
声の余韻。
それと共にジークへと殺到する三種の魔法。
“普通”の人間であるなら、防ぎようのない攻撃。
しかし、魔法使いでもあり先生でもある三人はまだ知らない。
いや、知るよしもなかった。
ジークは既に“人”に非ず――
「命に対する侮辱? 人として踏み外してはならない道? んなもん今の俺には響かない。説教する相手を考えろよ、“虐め”を見てみぬフリをし続けた先生の皆さん」
“魔王”だということを、知る術もなかった。
瞬きひとつ。
霧散し、粒子となって消え去る魔法の痕跡。
その後に残るのは、嗤うジークの姿。
「な……ッ」
「……っ」
「き、貴様は――本当にあのジーク、なのか?」
魔法使いたちはたじろぎ。
そして――
気づく。
いや、気づいてしまう。
「じ、ジーク……まさか、貴様」
魔法使いもとい先生たちが言い終える前に、ジークは更に言葉を続けた。
「もう終わりか? なら、次はこっちから行くぞ」
拳を固め、そこに闇を纏わせていくジーク。
「てめぇらも同類だ。俺をいじめてた奴等と同じ側の人間だ。何度も俺と目が合ったよな? いじめられている時に、何度も何度もこの俺と目が合ったよな? はははッ、あの薄ら笑いは胸に突き刺さったぜ!! 先公の分際でよくもまぁあんな面を晒せるもんだよなぁ!!」
殺意をたぎらせ、ジークは三人へと照準を合わせる。
「……っ」
息を飲む、三人のうちの一人の魔法使い。
「ジークッ、落ち着け!! 決して先生たちはお前のことを見捨てたわけではない!!」
「そッ、そうよ!! わたしたち先生もッ、貴方のことをずっと考えてた!! いじめられている貴方のことをずっと気にかけ――ッ」
遮るは、吹き抜ける風。
否、風と共に三人の目の前へと現れたジーク。
その赤く燃ゆる瞳が、しかと三人を捉えていた。
ジークの口。
そこから紡がれるは、怨嗟。
「魔王を舐めるなよ、クソ先公共。勇者もろとも……いや、この学園ごとひねり潰すぞ?」
「まッ、待て!! ジークッ、はやま――ッ!!」
「――ッ」
叩き込まれるは、ジークの拳。
瞬間。
あらぬ方向に首がまがり、後ろ向きに倒れ絶命する一人の魔法使い。
「ひッ、ひぃ。お願い命だけは」
「助け――」
「生憎、俺もてめぇらの命乞いを見てみぬフリをすることに決めた。残念だったな」
ジークは薄ら笑いをたたえ。
容赦なく、そして躊躇いもなく。
魔法使いもとい先生たちの顔面へと――
勢いよく拳を叩き込んだ。